ARTIFACT ―人工事実―
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 Amazonの関連表示か何かで知った『アルキヘンロズカン』、レビューを見て興味を持ち、いつか買おうと思っていたけど、Kindle版があるのでセール待ちしており、今回のセールでやっと買ったのだが(セールは6月6日まで?)、これは面白い! セールを待たずに早く読めば良かった。Kindle版はセール価格1巻350円で上下合わせて700円である。
 売れない漫画家が、漫画を諦めるためにお遍路を始め、その道中を描く。お遍路さんに対する四国の人の優しさに感動するが、だんだん引け目を感じていく。しかし、お遍路を悪用する「職業お遍路」という人たちもまたおり、そんな人たちに登場人物はだまされたり、利用されたりする。
 体験談のように見えるが、基本的にフィクションで、作者の実体験や人から聞いた話を盛り込んだという。しかし、やはり私小説的に感じる部分もあり、特に漫画という道を諦めるという話には、フィクションを超えたものを感じる。もともとはコミティアで出した同人誌で、それを商業で出したそうだ。
 作者のしまたけひと氏は、いろいろな名義を使い分けていて、以前は成年漫画を多く描いていたようだが、この『敗走記』は『アルキヘンロズカン』と同じ、歩きレポ漫画のようなので、こちらも買ってみた。

※感想リンク
週末に読む:歩きながら苦しむお遍路道『アルキヘンロズカン』|佐々木俊尚 blog[↑B]
アルキヘンロズカン 上・下 [作]しまたけひと - 南信長(マンガ解説者) - コミック | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト[↑B]
ホントは恐ろしい遍路旅。善悪を超えたカオティックな傑作。しまたけひこ『アルキヘンロズカン』 - 深町秋生のコミックストリート[↑B]
慟哭の書 『アルキヘンロズカン(上・下)』 しまたけひと / 双葉社アクションコミックス: 烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」[↑B]
オタ空日記 アルキヘンロズカン[↑B]
なまあそび 「アルキヘンロズカン」 四国八十八ヶ所の寺を巡る旅[↑B]
アルキヘンロズカン感想 - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記[↑B]
マンガソムリエ煉獄編 :: アルキヘンロズカン[↑B]



note
[N] 伊集院光「note」はじめる → からの雑感と期待[↑B]

ぶっちゃけてしまうと、自分の作るコンテンツに対するマネタイズ自体が面白いと感じているのではないんです。これで儲けられたら、とは思いません。そうではなく、ダイレクトに投げ銭されるという、記事の価値がこれまでのPVとは違う尺度で計られるのが楽しいのであり、それが手軽に可能になったプラットフォームに魅力を感じている次第です。

 コグレさん、コグレさん、それが同人誌の楽しさなんですよ!!
 noteの場合、即興性が高いので、数ヶ月前から準備するオフセットの同人誌ではなくて、即売会前の数日に盛り上がって作ったコピー誌の楽しさだろうか。コピー誌は、完成度が低く、ラフな作りなんだけど、作り手の熱やテンションが伝わってきやすい。

同人誌の世界で、無料配布の同人誌は手に取られにくい : ARTIFACT ―人工事実―[↑B]
 この記事でお金のやりとりをする同人誌の面白さ、楽しさを説明したが、表現に対してお金を支払うというのは、その表現に価値を認めることなのだ。資本主義において、お金というのは投票である、みたいな話。

 「頒布」といわれる同人誌でお金をもらう行為は、無料で公開できるネットを使えばいいのにお金をもらうなんて、などとよく批判されるのを見かけるが、これは作者が同人誌によってお金が欲しいからという解釈しかしてないところから出る意見だろう。しかし、大半の同人誌サークルは、イベントの参加費用や同人誌の印刷費などの必要コストを引いたら儲かっているとはとてもいえないレベルなのだから、単にお金を儲けたいだけなら非常に効率が悪い。
 同人誌において金銭のやりとりがあるのは、サークル参加者からすれば「私はこの作品に対して自信があるので、あなたからお金をもらう価値があると考えている」であるし一般参加者からすれば「私はあなたの作品をお金を払っても良いと考えているほど価値があると思っている」という表明でもある。

 これに補足するならば、なぜ人に見てもらいたいのに、無料で公開できるネットを選ばず、同人誌を選ぶのか、といえば、誰にでも見て欲しい訳ではなく、自分の趣味志向と合う人だけに見てもらいたいという、読み手のフィルタリング機能があるからでもある。同人誌というのは、売っている場所自体で、既に読み手のフィルタリングがされているが、お金を支払うということで、更にフィルタリングされる。
 しかし、ネットでおいても、有料にすれば、読者を選ぶことができるのだ。

 コグレさんが言うように、ネットにおいて、記事の価値というのはPVでしか計られない。しかし、いくらPVを集めてネットで話題になっても、その話題になった商品などが売れなかったという事態はいくらでもある。これは注目を集めることと売れるということは、関係はあるものの、単純に相関関係にあるという訳ではないということだ。
 こうした注目やPVの「質」というのはなかなかわかりにくいが、noteのように気軽にコンテンツを売れると、「PVの質」がわかり、読み手の「本気」がわかってくるだろう。その読み手の「本気」というのは、顔の見えない「PVという数字」より、作り手にとってはやる気を出させる嬉しいものなのだ。

※noteに関する記事
個人の表現活動にお金を払う話 | 加野瀬 | note[↑B]



mixiのabout画面
mixiは私にとって「もうひとつの学校生活」だった[↑B]

私は現在24歳ですが、ちょうどその前後の世代にとって、mixiは青春そのものだったのではないでしょうか。おそらくそういった使い方をしていた人はたくさんいると思っていて、メディアでは「mixiは終わった」だの何だの言われていることもありますが、そうではなく、mixiど真ん中世代が「mixiを卒業した」のです。

 この人は2007年に大学生活を始めた年にmixiを使い始め、同じ大学に入った人たちのコミュニティを見つけ、友人が増えていったそうだ。大学生の頃にmixiを使い始めた人にとっては共感する記事だろう。
 2007年といえば、mixiが始まって3年目であり、ユーザーが爆発的に増えていった時期だ。街中で「mixiが…」みたいなことを聞くようになったのもこの頃だったと思う。大変いい時期である。
 2000年代半ばに大学生になってから、mixiを始めたユーザーが「mixiど真ん中世代」であり、mixiが衰退した理由を“mixiど真ん中世代が「mixiを卒業した」のです”と表現している。大学生は就職などによる環境の変化が大きく、人間関係の変化が非常に大きいのだが、mixiはその変化をフォローすることが難しかった。

mixiを利用する頻度は確かにぐっと減りました。しかしながら私は、「卒業アルバムを開くようにmixiを開く」のです。もうひとつの学校生活であったmixiをそっと開き、時折過去を振り返り、懐かしむのです。

 mixiは利用する機会が減ったが、卒業アルバムのような立場になっているという。こうした人は他にも多そうだ。
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「うちら」の世界 - 24時間残念営業[↑B]
 彼らの社会は「うちら」で完結する。「うちら」の外側はよくわかんないものである。よくわかんないものが干渉してくれば反発する。そして主観的には彼らは「なにも悪いことはしていない」。彼らにとって「悪いこと」とは明確な脱法行為のみである。あるいは「うちら」の結束を乱す行為だ。なにか、よくないことをしでかして、叱られたとする。しかし罰せられない。それは許されているということだ。明確な処罰が下されない限りは許されている。

 MK2さんのこの記事、こういう「自分たちの世界だけで完結して外部の視線を気にしない」というのを低学歴の人たち特有の思考のように書かれているけど、ここで描かれている話は企業の不祥事で大変よく見られる光景だ。もっとひどいことに脱法行為だとわかっているのに、それを隠し、“「うちら」の結束を乱す行為”である内部告発はつぶされる。しかし、ある時にばれてしまい、大問題になるが、企業不祥事を引き起こす経営者や管理職は学歴が高い人たちが多い。

【衝撃事件の核心】幼稚、暗愚、無神経…USJ迷惑騒動で判明、今どき大学生の“嫌になるほどの低レベル”(1/5ページ) - MSN産経west[↑B]
 また、そもそもの話題であるネット炎上事件でも、USJ迷惑騒動の学生は神戸大学や同志社大学だし、「ドブスを守る会」も首都大学東京の人たちと、著名な大学の学生が多い。
「ネット炎上」大学を『プレイボーイ』誌が番付 横綱は不倫ツイートの青学 | ニコニコニュース[↑B]
 大学生が起こしたネット炎上で大学を番付している記事を2011年にプレイボーイが載せているが、この番付に載っているのも、青山学院大学、中央大学、立教大学、上智大学などの有名大学ばかりだ。この年は大学生によるネット炎上事件が多発したため、こんな記事が掲載されたのだろう。
 これらの大学生炎上事件でも、上で引用したような論を出されたら、それなりに納得するような人は多いだろうが、この人たちを「低学歴」と言っちゃったら、いったいどのレベルにまでなれば「高学歴」というのかという話に。

 この手の「低学歴の人間は自分たちの世界で完結」みたいな論って、一見納得しやすいけど、先に述べたように同様の構図で企業の不祥事は起こり、しかもそっちの方が社会的な影響も大きかったりするし、偏差値の高い大学の学生が次々とネットでやらかしている訳で、学歴の問題にしちゃうと、いろいろなものを見落とすよなーと思った次第。



恐怖!? Facebookのコメント欄、編集履歴が閲覧可能に(岡田有花) - 個人 - Yahoo!ニュース[↑B]
 この記事を読んで、コメントの編集機能がついた時から、履歴が閲覧できたし、その機能がついたのは結構前だよね…?と思っていたのだが、編集機能について去年の記事があった。

【速報】ついにFacebookに「コメント再編集機能」が追加されました! : ライフハッカー[日本版][↑B]

 2012年6月の記事。1年前からある機能である。

※記事公開後、「この機能は半年ほど前からあったのでは」という指摘をいただきました。どうやら英語版では昨夏から、日本語版でも冬ぐらいから適用されていたようです。私が気づく(または私の環境に適用される)のが遅かったようで、失礼しました。まだ気づいていない方もいらっしゃるようなので、記事はこのまま公開させていただきます。

 元の記事にはこのような訂正が入っているものの、これもまだまだ間違いで、英語版だけでなく、日本語版でも、2012年6月に使えている。

 編集機能がついた時期の誤解はともかく、訂正が入ったあとでも、コメントの編集機能がついて、あとからいつの間にか仕様変更で閲覧履歴できるようになった、という主旨は変わってないようだが、上の記事もわかるように、時系列的におかしく、コメントの編集履歴の閲覧は、コメント編集機能と同時に導入されている。
 元記事のコメント欄を見ると、「ユーザーにだまって勝手に仕様変更をするFacebook恐ろしい」みたいなコメントがいっぱいついている。編集履歴が閲覧できることを知っている人は意外と少ないようだから、これが「編集履歴が閲覧できる」だけだったら、普通のお役立ち記事だったのだが、もはやデマといっていいレベルになってしまっている。

 確かにFacebookは勝手に仕様変更することは多いが、この件に関してはひどい濡れ衣だ。勝手に仕様変更があるというイメージがあるから、このような記事を書いたのだろうが、「Facebook コメント 編集履歴」辺りで検索すれば、簡単にわかる情報な訳で、なんでまたこういうミスをしたのか不思議である。自分も思い込みでこういうことを書いてしまうことはありそうなので他山の石としたい。

 以上、意外とまとまったツッコミを見かけなかったので書いてみた。


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1997年から運営している個人サイト。2002年にブログ化。オタクネタを中心で書いていたが、最近はウェブサービスの話題が多い。
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