ARTIFACT ―人工事実―
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雲上四季 - デザイナーという縁の下の力持ち[↑B]
 その辺りの話はライトノベル完全読本で自分がグラフィックデザイナーの方たちにインタビューをしているので読んで読んで!と話題に合わせて宣伝。
ARTIFACT ―人工事実― : ライトノベル完全読本[↑B]
ライトノベル完全読本ライトノベル完全読本 Vol.2ライトノベル完全読本 vol.3 1号では鎌部善彦氏(記事にまとめたのは更科修一郎さん)、2号では伸童舎のしいばみつお氏と福田功氏、3号ではデザインクレストの朝倉哲也氏にインタビューをしている。全般的にちょうどアナログからDTP移行期を経験している人たちなので、その辺の話が多かったのが印象的だった。
 特にデザインクレストの朝倉氏にはニュータイプの創刊の頃の話なども聞けて大変面白かった。ニュータイプというと井上伸一郎氏の印象が強かったが、井上氏は当時副編集長で、編集長だった元テレビジョンで現在トイズプレス代表取締役の佐藤良悦氏が、ビジュアルの力が強い誌面を作りたいと考えていて、あのような誌面になったという。あの当時のアニメ雑誌の話はいろいろな人に聞くと面白そうだ。
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 匿名ダイアリーの最近のライトノベルは……[↑B]を起点に始まったライトノベルのイラストが劣化しているという話題で思い出したネタ。
※まとめ
○まとめ:ラノべのイラストは劣化したか問題 (のべるのぶろぐ 2.0)[↑B]

 この話題を人と話している時に、絵描きの世代の話をしていて気付いたんだけど、アニメーターは1960年代生まれに固まっている。
作画@wiki - アニメーター生年表[↑B]
 これを見ると、1960年代生まれの層の厚さに驚く。この世代はアニメブームを経験して、アニメーターに憧れたのだろう。70年代生まれになるとゲーム業界に行く人が増えていくからか、アニメーターが減っていく。
 現在、ライトノベルのイラストレーターの主力は1980年代生まれだ。人気の高いイラストレーターは70年代後半生まれが多いが、この70年代後半生まれをカリスマと見る80年代生まれの人たちによって、ライトノベルのイラストレーター業界が構成されている。また、ライトノベルのイラストレーターは最初からCGがある世代でもある。だから、カラーイラストがアナログ塗りだった世代よりもカラーが上手な人が多いが、逆にモノクロは下手な人が多い。

 ライトノベル原作のアニメを見ていると、キャラクターデザインが元のイラストのテイストを失っていて、うまく落とし込まれていない感じがよくするのだが、考えてみれば、二世代違っていたら、絵のセンスが違うのも当然か。
 人気のあった『涼宮ハルヒの憂鬱』だと、アニメのキャラクターデザインを担当した池田晶子氏は1975年生まれで、原作のイラストを担当している1977年生まれのいとうのいぢ氏と世代が近い。これに限らず、京都アニメーションは作り手の世代が70年代中心なのがうまく機能してるのだろう。

※以前書いたイラストの歴史
ARTIFACT@ハテナ系 - オタクイラストの歴史[↑B]



Eメールはサイト管理人とのコミュニケーションにおいて地位が下がっているようだけど、もっと活用してもいいんじゃない? : ARTIFACT ―人工事実―[↑B]
 ここで取り上げた匿名ダイアリーの記事を見ていて、気付いたのだが、どうもネットのコミュニケーション手段を公開された場でのみ考える傾向が、しばしば見受けられる気がしてる。なぜ、ネットのコミュニケーションをすべて公開の場でしようと考えるのか? この理由を推測してみたい。なお、これは一般論として語っているものであり、件の匿名ダイアリーの筆者の意図として語っているものではないことをことわっておく。

 メールなどのようなプライベートなコミュケーション手段が想定されないのは、一対一のコミュニケーションを望んでいるのではなく、一対多(ブログ管理人のような情報発信者とその読者のような関係)でもないからで、多対多のコミュニケーションを求めているのではないだろうか。多対多は公開の場でないと行えないからだ。
 特定の人とのコミュニケーションを求めているのではなく、特定のコミュニティの一員になって、コミュニケーションを取る相手は、そのコミュニティの構成員なら誰でもいい。

 特定の人とのコミュニケーションは楽しさもあるが、同時に固有の人間関係を抱え、面倒さを抱えることになる。しかし、コミュニティの構成員となった場合は、そのような面倒さを抱えることなしに、寂しさを埋めるために最適なコミュニケーションが可能になる。特に顕名ではなく、匿名のコミュニティなら、自分の人格の継続性なしでのコミュニケーションが可能であり、面倒な人間関係は抱えない。

 ネット上のコミュニケーションは、「自分と同じ話題に関心を持っている相手や、自分の興味を持った相手と話したい」という欲求が基本だと考えていたが、「自分と同じ話題に関心を持っている相手なら誰でもいい」という面も実はある。相手は代替可能なのだ。
 よく「ネットの世界はバーチャルで、そんなところでのコミュニケーションは本物でない」といったステレオタイプな批判があるが、こういった批判はネットのなかでは当然笑い者にされやすい。自分もこうした批判の大半は、ネットという新しいコミュニケーション形態への恐怖心や無理解から生まれていると考えるが、もし、こうした「相手が代替可能なコミュニケーション」を求めている姿を恐く感じているのだとしたら、それは考える必要のある批判ではあるのだろう。

※関連
ised@glocom - 繋がりの社会性[↑B]
ARTIFACT ―人工事実― : 欲しいのは「陰口で繋がる自由」[↑B]



私もネットで誰かと知り合って新しい友達を作りたい[↑B]
 ネットで人と仲良くなれないという悩みを語ったこの匿名ダイアリーの記事、いろいろ実例が挙げられているのだけど、不思議だったのが「メールを出す」という行為が挙げられてなかったこと。単に忘れてしまっていたのかも知れないが、忘れられるぐらいにメールというのは存在感が薄くなってしまっているのではないかという読み取りもできる。

 サイト管理人とのコミュニケーションは、ブログ以前の時代なら、メールと掲示板が主なもので、これらはうまく使い分けられていただろう。しかし、ブログ時代になって、プロフィールを書かない人が増え、同時にメールアドレスを出してない人が増えたのは、昔から個人サイトを見ている人なら実感しているはずだ。メールアドレスを出さないのは、spam対策として出さないという意味もあるだろうが、メールアドレスを出さないということは、やはりメールのようなプライベートなコミュニケーションを望まないということではないか。
 ブログでは、コメントやTrackBackといった機能によって、サイトでのコミュニケーションが加速されたが、こうした公開の場でのコミュニケーション手段の強化によって、メールのようなプライベートなコミュニケーション手段が軽視されてしまっている感がある。
 確かに、Eメールはspamだらけになってしまい、使いにくいツールになってしまっている面もあるが、面識のない相手と連絡するツールとして、Eメールはまだまだ活用できるだろう。そういう意味では、あるサイト管理人と仲良くなりたいというのなら、Eメールの活用を勧めたい。また、親密度をより上げたい場合、チャットやインスタントメッセンジャーといった同期型のツールの使用を勧める。

※同期と非同期についての説明はこの記事を参照のこと
WIRED VISION / 濱野智史の「情報環境研究ノート」 / 「Twitter」と「ニコニコ動画」の共通点(1):Twitter編[↑B]



 mixiにおいてマイミクをはずすのに抵抗がある人は多い。しかし、人間関係でいろいろ面倒になり、マイミクをはずしたくなることもある。そこで、一人一人はずしていくのではなく、マイミクを再構築するために、mixiを一端退会して、招待してもらって再入会し、マイミクを再申請していくという方法がよく取られる。これを自分はmixiリセットと呼んでいるのだが、ケータイのメールアドレスの変更も、mixiリセットと同じで、人間関係の再構築のために使われることがある。
 mixiリセットやケータイの番号、メールアドレスを変えるのに抵抗がない人と、抵抗がある人の2タイプがある。自分は抵抗があるタイプだが、これは古い感覚で、前者のほうが主流になっていくのだろう。
 ブログの移転はブログサービスの変更やレンタルサーバーの変更などで行われるが、ブログを情報発信ツールとしてではなく、人間関係維持ツールに重きを置いている場合は、mixiリセットと同じ面を持つ。先ほど挙げたような物理的理由ではなく、心理的な理由でブログを3、4回移転している人は人間関係維持ツールとして見ていることが多いのではないか。

 人間関係をネットに持ち込んだソーシャルサービスにおいて、一端繋がった人間関係はすべて継続しているかのように扱われるが、実際には疎遠になった人間関係も多く出てくる。これをどう扱うかというのがポイントになるのではないかと以前は考えていたんだけど、実際の人間関係のように自然に遠くなるなんて曖昧な扱いは難しい。実際のところ、こうしたmixiリセットのような形で再整理していくというのが現実的な解なのだろう。

 こうしたリセット以外の方法としては、新たなソーシャルサービスへの乗り換えもある。
 これは、以前はてなダイアリーのほうでF's Garageのえふしんさんが、
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20070413/netcommunication#c1176529466

単一のネットワークは、しがらみがどんどん増えていくので、しがらみを壊すために新しいネットワークに移動していく活動は引き続き起こるような気がします。今のところ個人的にソーシャルで唯一安定的に使い続けそうなのは、プライベートな人現関係と年賀状を出すノリで繋がっているmixiかなとは思ってます。
twitterの良かったところは、自分やその他の人にとってmixiが必ずしも盤石ではないことがわかったことです。危なく諦めるところでした。

というコメントをしていて、なるほどと思った。

 新しいソーシャルサービスというのは、硬直した人間関係の活性化、そして再構築という面があるということに。だから、ネットのコミュニケーションサービスにおいて、人間関係の再構築は、そのサービス内で行われるのではなく、新規のサービスの登場によって行われていくというのもあるのだろう。


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1997年から運営している個人サイト。2002年にブログ化。オタクネタを中心で書いていたが、最近はウェブサービスの話題が多い。
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