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2006/08/11

この記事へのリンク 市場規模が大きく違う作品のネットでの評判を同列で見るのはいろいろ見誤るんじゃない?

デジモノに埋もれる日々: 「亀田」と「時かけ」 - メディアの扇動力がネットに圧される時代
 こちらの記事で『ゲド戦記』は悪評いっぱい、『時をかける少女』は口コミで大人気…といわれているけど、そもそも『時をかける少女』は大変公開館が少ない。

時をかける少女 オフィシャルサイト -上映劇場- : 角川ヘラルド映画
「ゲド戦記」上映劇場一覧
 ここを見ればわかるように『ゲド戦記』と『時をかける少女』の上映館には圧倒的差がある。

 『時をかける少女』は東京都内では新宿のテアトル新宿一館だけだったが、連日満員で、明らかに需要と供給が合っててなかった。首都圏内でもなんと千葉県では見られないのだ!(一時期幕張のシネコンで一週間上映していたそうだが)
 その連日満員ぶりを東京に住む人間が何人も報告しているから、ネット上では人気爆発なイメージを持つが、場所を変えれば、神戸という大きな都市でもこんな状態に。
Freezing Point - 「時をかける少女」観てきました

一人で「109シネマズHAT神戸」へ。 18時からの上映で、観客は7〜8人。
 金曜日の18時でこれってのは…。
 もしかすると、東京を単館のみにしたのは連日満員ぶりを報告させるためでは…?(妄想) もちろん、都内の上映館を押さえられなかっただけなんだろうけど。

 この辺りから『時をかける少女』は東京、大阪といった大都市圏で人気が高いといえる。別にそれが悪いという訳ではない。あくまでこの作品の人気というのものは局所的なものであろうということを確認したいのだ。

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2006/04/16

この記事へのリンク 無線LANが使える会議室/大画面を多人数で見られる設備

 以前、isedの自分の回の講演の際、GLOCOMが工事中ということでGLOCOMの会議室が使えず、無線LANが使える会議室を探したんですが、いいところが見つからなくて、結局六本木ヒルズになりました。ただ、六本木ヒルズは料金が高いため、気軽には使えません。

貸し会議室T's BUSINESS TOWER | レンタルオフィス・レンタルホール・貸し会議室・レンタルPCルーム
 で最近見つけた無線LANが使える会議室。渋谷駅から歩いて5分ぐらいです。先日とあるイベントに使う予定で見学に行ったんですが、なかなか良さそうなので紹介。無線LANはIEEE802.11gで、下りは18Mbps、上りは23Mbpsと高速な環境でした。
 あと会議室は、プロジェクターやマイクなどの設備の貸し出しは別途料金が必要なところが多いですけど、ここは全部込みというのも嬉しいです。

レンタルソファ会議室1
レンタルソファ会議室2
T's BUSINESS TOWER | レンタルソファ会議室
 中でも、このソファ会議室は、会議室ほど堅くなく、カジュアルな感じで、イベントスペースにも使えるのがいいです。ソファだと35人、最大50人まで入れて、音響設備も整っており、地下なので、大きな音も出せます。
 なお、写真に写っている提灯は見学に行った後に入っていた予定のためのセッティングで、常設されている訳ではないです。
 平日は会議室、土日は各種イベントスペースとして使われており、土日だとこんな感じになってます。
SOFA LOUNGE(ソファラウンジ) | トップページ

 会議室探しというと、こういったサービスがあります。JMAのほうがLANの有無表示あり。
会議室ドットコム-貸会議室・多目的ホールの情報検索サイト-
JMA貸会議室サーチ
TKP貸会議室ネット 東京横浜貸会議室紹介予約サイト

Regus Japan - レンタルオフィス・貸会議室の日本リージャス株式会社 会議室
 赤坂、大手町、渋谷、新宿、日比谷、横浜、名古屋などで展開。ここはLAN装備らしいのですが、ウェブでは明記されておらず。

 このほか、大画面の映像を多人数で見られる設備を探しているんですが、いろいろしぼるとカラオケパセラぐらいのようで。パセラだと、池袋店に大画面(40型程度?)の液晶テレビやプラズマテレビがあるそうなのですが、現物は未見。できたら5.1chの設備が欲しいんですが、パセラにはないのが残念。

ホテルたてしな 液晶プロジェクター DVD 5.1チャンネルサラウンド ホテルたてしな
 ここはプロジェクター+5.1chサラウンドシステムなので文句なし。プロジェクター代やアンプ代が別途かかりますが。
多目的レンタルスペース スタジオ443
 プロジェクター+5.1chでいいんだけど、京成線町屋駅から12分と遠い…。
新感覚レンタルスペース FastSpace
 液晶テレビ+5.1chのところ。JR常磐線柏駅前。

 こういった会議室やレンタルスペースの情報をはてなブックマークで「レンタルスペース」のタグで集めてます。
はてなブックマーク - ARTIFACT BOOKMARK / レンタルスペース

2006/02/18

この記事へのリンク 誉め上手に人は集まる

ぼくはまちちゃん!(Hatena) - ともだちはてな

だけどそれって、褒めてくれる人がいるから成り立つんだよね!
あるいはギャグやジョークなら、大笑いしてくれるひととか。
だから人は、自分を褒めてくれる人に寄っていくよ。
そして自分のした業績を「ちゃんと理解して褒めてくれる人」っていうのは
褒められたい人にとって、すごく貴重な存在なんだ!
 はまちちゃんがすごくいいことを言ってます!(笑)
 人のいいところを見つけたら、心の中だけで思ってないで、ちゃんと相手に伝えたほうがいいというのはわかっているんだけど、それを完全実行はできてません…。

 はまちちゃんがやっているmixiやはてなのセキュリティホールを使った遊びは、好きな女の子に対して、好意を表明せずに、ついいたずらをしてしまう男子小学生と同じ。なので、これは自戒? ツンデレ宣言かも。

あ、そうそう、他人の評価を上げることは、
決してきみの評価を下げることにはならないよ!
むしろきみ自身の評価を上げることになるんだ!
 これがポイントなのかも。他人の評価を上げることが自分の評価を下げてしまうと思ってしまう心理が。
 でもネットの場合、「陰口で繋がる自由」が優先されてしまう?

 最近書いたこの記事も思い出しました。
ARTIFACT@ハテナ系 - 人が喜ぶのが嬉しくてやっている人は儲かる
 この記事に対して、自分が面白くなければモチベーションは続かないという指摘があったけど、その通りでして。あと、別の形で「儲かる」人もいるけど、自分としては、この話の「儲かる」にはあまり主眼を置いてなかったので触れませんでした。
 自分が面白く、かつ人が喜んでもらえる行為がベスト。問題は「自分は面白いけど喜んでくれる人がいない」「自分は面白くないけど人は喜んでくれる」という時。
 前者は地道に続けるしかなさそうです。継続は力なり。後者は人が喜ぶことで自分に面白さ以外のメリット(よくあるのは金銭か)があれば続けられるだろうし。

 上の話題と繋げると、分岐点は「他人に興味を持てるかどうか」なのでしょう。自分にしか興味がない自己愛が強い人とはコミュニケーションしづらい訳ですし。

 これに関連して、最近話題になったものを。
インサイター:ブログでは「褒め上手」がトクをする
はてなブックマーク - インサイター:ブログでは「褒め上手」がトクをする

「トクをするブログ」を目指すか目指さないかは個人の嗜好の問題であり、どちらが正しいとかカッコイイとかいう議論には、実は興味は無いのです。
 今見たら、真実一郎さんのこんなコメントがありました。確かにその通りで。
 自分としては、自分が誉めても、閲覧者がそれは何らかの裏があるんじゃないと勘ぐられやすくなるのはいやだから、企業と何らかの関係がある場合は、それを表に出したほうがいいと考えてます。書籍だと、献本されたものと自分で購入したものをちゃんと言うとか。

 「誉め上手は得をする」は、総合すると、自分がよく言っている「ブログ世代はポジティブ、それ以前の世代はネガティブ」の話に繋がります。そして、「昼のブログ、夜のブログ」、ブログの履歴書話(仕事に繋がるかどうか)や実名仮名にも。
ARTIFACT@ハテナ系 - ブログ時代は「屈折」から「素直」なのか

Rauru Blog ≫ Blog Archive ≫ 頑固職人 vs Web 2.0

Blog コミュニティでは、頑固職人の持っている技術と経験よりも、反応のポジティブさの方が重視される
反応が球撞き的に転がっていって盛り上がることが、何より良いことだとされる
Artifact のコミュニケーションの可視化が起こす問題で書かれているように、人気者となることに価値が見出される
 そういえば、屈折素直記事へのTrackBackでこの記事は面白かったです。
 頑固職人は他人を簡単には誉めません。でも、ある時、実は認めてくれていたことがわかったりします。ただ、このスタイルが通じるのは、コミュニケーションが長く継続することが前提の場だけ。人の流動性が高くなると、相手を認めたことや好意はすぐに表明しないと、人は離れてしまうことに。

2005/12/13

この記事へのリンク 「空気を読む」は「言論の予測市場」

 今まで参加していたGLOCOMの研究会ised倫理研が12/10に最終回を迎えました。ised自体は設計研がまだ最後にありますが、自分が参加していた倫理研が終わり、ほっとしました。
 また、辻大介さんの議事録も公開されましたのでぜひ。最近ははてなダイアリー思考錯誤の人として認識している人も多そうです。
ised@glocom - ised議事録 - 倫理研第6回「開かれた社会へ向けて存在の匿名性を擁護する」

 で、タイトルはised倫理研の最終回の討議で自分が思いついた言葉。正確には「行動」も含まれますが、綺麗にまとめたいので言論だけにしました。
 詳しくは後日公開される議事録を参照して欲しいのですが、討議の最中に「CMC(Computer-Mediated Communication コンピューターネットを媒介にした文字中心のコミュニケーション)は空気を読むことが現実の会話などより重要になってないか?」という話題が出ました。ただ、「空気を読む」だと曖昧な感じですけど、「言論の予測市場」というと意味がはっきりしてきます。
 予測市場というのは、自分が何をしたいかではなく、他人が何をするかを予測するというものですけど、「空気を読む」ということは、まさにこれ。
ised@glocom - 予測市場

※はてブのBBさんのコメント「可視化されてる予測市場=されてない空気を等価に扱うのは首をひねるな。値付けされてる/されてないは市場/物々交換を区別する絶対的メルクマールなんだし」で、明確な違いがよくわかりました。「空気」は第三者にもわかるような値付けがないのに、値付けがあるかのように扱われるのが厄介なところか。

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2005/12/10

この記事へのリンク ネットでは一般人の悩みに答える一般人のやさしさが商品化される

 とある雑誌の企画で今年のネットの流行を分析していたんですけど、ネガティブな話題ばかりだったので、ポジティブな話題はないのかと考えていた時に、このタイトルの考えに辿り着きました。
 『電車男』を代表として、『今夜妻が浮気します』『鬼嫁日記』といったものに通じるのは、

・ある人が悩みを掲示板やブログに書く
・それに対して、いろいろな人が心配したり、アドバイスしてくれる
・そのやりとりがネット上で評判になる(コミュニケーションのコンテンツ化)

といった点です。
 これに出版業界が目をつけて、それがヒットすれば他の媒体も追随。なんか不安商法の変形という気も。

 書籍を売りたいんだったら、真っ正面から売り込むより、多くの人が漠然と感じられ、継続的に報告できる悩みをブログで書いて、ネットで話題にさせるという方が、なんかいい気がしてきました。『一杯のかけそば』騒動ふたたび!

ヒビノアワ: 「泣ける」ブームに言いたい!
 昨今、映画も書籍も「泣ける」ブームだけど、映画も書籍も感情のサプリメントに。ネットもこういった感情のサプリメントとしてパッケージングされるのが今時ってことなんでしょう。

 このパターンでいけば、非モテも商品化できるのでは?と考えたんだけど、非モテ分析などして普遍性を持たせようとするより、上記で取り上げたもののように、個人の悩みとした方が受け取られやすい気がします。理論・分析系としては『電波男』も出たことだし。

※反応メモ
マジョリティはメジャー化したマイノリティしか支持しない-日々是自己主張

2005/12/01

この記事へのリンク 雑談だけで会話を続けるのは難しい

空中キャンプ - 質問/説明
 自分の興味のある事柄の話しかできなくて、普通の話ができないと悩む人に、相手に質問したり、話を聞こうとアドバイスしたという話。

 ちょっと前に似たような話がブログで書かれていたような…と思ったら、吉田アミさんが書いていた。吉田さんは明確に恋愛の話として書いているけど、今回は一般的話題という違いがある。ただし、最後の村上春樹氏の小説のシークエンスなど、なんとなく男性に対する対女性アドバイスのようには読める。
日日ノ日キ - オタク・サブカル対一般人・その他の人

今更、ジェンダーギャップ?ですが、多分、その今更感が重要です。男子はもっと女子の話に耳を傾ければきっとずっとモテると思う。モテ/非モテは相手のことを想像できるかできないかが鍵ですよ。わからないこと、想像できないことは訊けばいいのです!言葉は相手を理解するためにあるらしいよ。どうやら。
※余談だけど、似た話なのにブックマークの反応がかなり違っていたのが面白かった。
はてなブックマーク - 日日ノ日キ - オタク・サブカル対一般人・その他の人
はてなブックマーク - 空中キャンプ - 質問/説明

 ただ、最初の記事は、「人に質問して、相手の興味のある話題を聞き出し、話を聞けば、会話は続く」であって、「普通の話(雑談)をどうすれば続けられるか?」という最初の疑問設定とはずれているとは感じた。
 これは推測だけど、この質問者だって、天気の話みたいな簡単な雑談を短時間するのはできるだろう。問題は、そういった雑談だけで会話を続けることを難しいと感じているのではないか?
 自分も、雑談だけで会話を続けるのが苦手だから、そうではないかと推測ししたんだけど。
すきやきっちのネットコミュニティブログ 雑談出来ないヲタク
 まさにこれですよ!
 学校や職場などで毎日会うような相手ならともかく、初めて会った人や次にいつ会うかわからない人と雑談だけしてもなーと思ってしまうので。
 大体そういう時は、何に興味を持っているのか、質問してみる。で、相手の興味がわかれば、いろいろ質問したりして、会話を続けることはできるのだが、世の中、自分の興味を把握してない人、趣味を持ってない人というのは意外と多い。というか、そういう人の方が多いんではないかと疑ってるぐらいだ。こういう人相手に会話を続けるには、雑談を続けるしかない。

論点ひきこもり - 「会話のきっかけレシピ」展 箱さんインタビュー No.1
 ここでは、そういった雑談が苦手な人に、雑談は技術であるという考え方を勧めている。実際にはタイトルにある通り「会話のきっかけ」の話なんだけど。ここでも「質問ばかりするのはよくない」「相手に深く考えることを要求する質問はよくない」といわれている。
 こういう話題の時によく出る「精神論」と「表情」をはずしているのが興味深い。「会話のきっかけ」という手持ちのカードがあれば、安心ができて、余裕も生まれるし、表情も硬くなくなるだろうという考えだ。
 なお、「会話のきっかけレシピ」展は「アクアガーデン」(阪急武庫之荘)にて12/3(土)まで開催されているそうなので。関西の人で興味のある人は行ってみるといいかも。

 ついでに「会話」で思い出したこと。

 飲み会とかの場でありがちなんだけど、良い会話というのがテンションの高い会話ばかりイメージされている気がする。この辺はテレビのバラエティのフォーマットのせいだろうか。しかし、ゆるい会話でも会話のグルーヴを絶やさないことはできる。ただ、こういった緩い会話スタイルはテンションの高い会話に場の主導権を取られることが多いのだが…。

 自分の話ばかりする人は、人が話をしている時に、「それで思い出したんだけど…」といって、全然違う方向の話に持っていったりする人は、その話をしていた人からすると嫌われる。「思いついた瞬間に話さないと気が済まない人」なんだろうけど、会話には流れがあるんだから、相手の話が一段落ついたところで言うべき。

※反応メモ
加速する思考 - オタクが楽に生きる会話術

2005/11/08

この記事へのリンク 一般人に毒物の症状判定、対処はできるか

Irregular Expression: 少女の日常よりもっと肝心な事を伝えてくれよ
 この記事の感想としては、マスコミの興味本位の報道は確かに問題視されるべきだろうし、薬局の売り方の問題提起というか、薬局への販売の厳密化の指導は必要だろうけど(これが模倣犯への対策にもなる)、一般人に毒かどうかの判定、ましてや解毒方法はないのではないかと思いました。

 あまり使われない毒物に対する判断は専門家でも難しいという例として、地下鉄サリン事件があります。
 地下鉄サリン事件の時、東京の聖路加病院では最初原因が不明だったため、どう対処すればいいかわかりませんでした。
 有機リン系の農薬中毒(サリンは有機リン系)の症状に似ているため、PAMを使えばいいという案は出たけど、PAMは筋肉の麻痺は取り除くものの、毒性もある危険な薬だったため、投入に対してためらいがありました。
 そこに、長野でサリン患者を治療した州大学付属病院の医師が、患者の瞳がやけに小さくなっているのに気付き、これはサリンの症状に似ていると、聖路加病院に知らせたため、PAMの投入が決断されたという話があります。

※プロジェクトXで放映していたもの。詳細はこちらで。
地下鉄サリン 救急医療チーム最後の決断
 なお、報道に対して、こんな疑問もあります。
地下鉄サリン事件の聖路加病院の対応 特にPAMの供給問題
 確かにPAMをどこから大量供給できたのかという点、最終的にサリンだと断定できる情報がどこから出てきたのは、ちょっと裏がありそう。
オウム=サリン事件未解決問題再検証
 この記事があったこのサイトは面白そうなのでメモ。

 で、コメント欄に興味深い投稿があったのでピックアップ。もちろん当事者かどうかの確認は難しいですけど、意見としては納得できる話なので。このコメントが無視されているのが不思議です。

27129 : ness : November 4, 2005 09:42 AM
長い文章を分けたら、上下が逆になりました。
上の文章のさらに上に以下の文章が来ます。

古い話になりますが、パラコートが入っている飲料が自動販売機の取り出し口に置かれていて、それを飲んだ人が死ぬ事件がありました。その被害者の知人です。

簡単に解毒方法といわれますが、ほとんどの毒には解毒方法なんかありません。
解毒剤の注射で毒が消せるというのは、小説や映画の中だけの話しです。
ほとんどの毒の解毒方法は、
・毒物の吸収の阻止
・毒物の排出の促進
・毒による症状の緩和
程度しかなく、その効果は極めて限らたものでしかありません。
ある程度以上の毒が入ってしまえばどんなに手を尽くしても助けることは出来す、それは致死量と呼ばれます。

27128 : ness : November 4, 2005 09:40 AM

パラコートを飲んだ知人は、飲んだ直後に異常に気づき、救急車で病院に運ばれ胃洗浄を受けました。
運ばれたときには普通に会話もでき、胃が痛いだけだといっていたのですが、その時点で医者からは、
「致死量以上が吸収されてしまっているので、助けるのは難しい。」
といわれていました。
その日から点滴で出来る限りの水分を入れ人工透析を行っていたのですが、翌日には毒を対外に排出する腎臓自身が毒にやられて尿が出なくなり、さらに全身の細胞が破壊される激しい痛みのために麻酔で眠らせるしかなくなりました。
全力で治療を行っていても刻一刻と症状は悪化し続け、4日目に亡くなりました。

毒物を飲んでしまったときの対処方法としては、
・喉に手を突っ込んで、ひたすら毒を吐く。1秒でも早いほうがいい。吐き終わったら水を飲んでさらに吐くことを繰り返す。
・救急車を呼び、毒を飲んだとはっきり告げる。毒の種類が分かればなお良い。分からない場合は食べた物のサンプルを持っていく。

もっとも、この対処が「毒を盛られたとき」に出来るかどうかは疑問ですけれど。

 あと、薬局の販売体制についてはこれが興味深かったです。

27168 : 27156 : November 6, 2005 03:27 AM27157さん

私は地元のことは知らないのですが、タリウムという薬品はそんなに流通してる物ではありません。
毒物、劇物は取り扱いに注意が必要なため、バポナや工業用アルコールなど、一部しか扱ってない店もおおいはず。
問題があった時に責任が課せられる可能性があるからだ。
この薬剤師さんもおそらく人生初の取り扱いだと思います。
取り寄せするときにこの薬の効能を調べるでしょうし、問屋さんからも何か注意を受けているかもしれません。
法律とかを抜きにして、もし学生に売るのなら、学校の部活の顧問にでも確認の電話を入れてほしかった。
少し慎重さというか、劇物取り扱いの責任感が欠如してるように思われる。

 最初はコメント発掘だけしようと思ったものの、長くなった…。

 はてなダイアリーでも紹介したけど、事件のブログでの語られ方については辻大介さんの意見が面白かったので再度紹介。自分なりの乱暴な要約をすると、「不思議な事件に対して、ブログは容易にワイドショウ化する」というもの。
思考錯誤 - 母親毒殺未遂事件とリアリティ・ブログ

2005/09/09

この記事へのリンク 『コンコルド錯誤』という言葉はオモシロ訳だった

ヨーロッパ企画を今のうちに持ち上げておく。 コラム<コンコルド錯誤>
ヨーロッパ企画を今のうちに持ち上げておく。 <コンコルド錯誤>、再び。
 「コンコルド錯誤」という言葉がネットを中心に広まっていて、ヨーロッパ企画(最近公開された『サマータイムマシン・ブルース』の映画の原作を上演した劇団)の演劇『平凡なウェーイ』でも使われたという話題を見かけました。
 この言葉は、コンコルド旅客機の開発中、経済的観点から開発を中止したほうがいいと勧告されたものの、ここまで投資したのだから開発したほうがよいということで開発が続行されたというエピソードから、ある対象に一定のお金や時間などをコストをかけた場合、その時点で止めれば、最小限の損失で済むのに、そのかけたコストがもったいないと思って、続行してしまい、もっと損失を大きくしてしまうことを表現するようになったそうです。
 ネットでは、『超クソゲー2』の『シェンムー』の紹介が元ネタだという話なので、その文章を書いた本人の阿部さんに聞いてみたところ、もともとは、どこかのウンチク本に書いてあった言葉だそうで。言葉のインパクトに衝撃を受けたので使ったということがその文章の前後に書いてあったんだけど、ネットではその辺りが抜け落ちて、言葉だけが広まり、『超クソゲー2』発の言葉として認識されてしまっているという。
 また、リンク先の記事では動物の行動生態学の分野では「コンコルドの誤り」として使われる言葉だという指摘もありました。『科学の目 科学のこころ』(長谷川真理子著)という書籍で出てくるそうです。
月と太陽のおもいで。 コンコルドの誤り

 おそらく英語圏が発祥だろうと思って調べてみると、元々は英語圏では「Concorde fallacy」と呼ばれている言葉の模様。
The KLI Theory Lab - keywords - Concorde fallacy
 それで行き着いたこのページを見ると、リチャード・ドーキンス氏とジェーン・ブロックマン氏が書いた「Do digger wasps commit the Concorde fallacy?」(スズメバチはConcorde の錯誤を託すか)という文献が。
ドーキンスとブロックマンは、ブロックマンの研究したアナバチの一種
 その文章に関する説明。

 こうして大元はリチャード・ドーキンス氏かなと思ったんですが、コンコルドのエピソードは別に行動生態学の学者でなくても気付きそうな話な気が。何か知っている方がいたら教えてください。

 という訳で「コンコルド錯誤」は「Concorde fallacy」をある書籍で変な翻訳をしたのがきっかけだったようです。一般的には「コンコルドの誤り」と呼ぶのがよさそう。

2005/09/07

この記事へのリンク 日本で草の根運動を盛り上がるには企業のバックが必要?

Latest topics > Firefoxともじら組と日本人の国民性 - outsider reflex

mixiとかはてなとかブログとかはユーザが草の根的に育ててるじゃないか!と言われたらある意味ではそうかも知れんけど、でも僕にはそれらの盛り上がりも「箱庭」的なものなんじゃないのかなーと思えるんだ。あくまでイーマーキュリーやはてなやgooやニフティなどなどによってパッケージングされた箱庭の中での「擬似草の根活動」というか。
 言われてみると完全な草の根で盛り上がった運動というのはなかなかない気はします。

 ただ、はてなやイーマキュリーはもともとブランド力のあるような大企業ではなかったので、最初の事例に挙げられたような「企業が持っているブランドを信頼する」とは別だと考えられます。
 もともとのブランド力があるかどうかというよりも、企業がやっているという点で、完全な草の根よりは信頼性が違うというのが大きそうな。個人がやっている場合、急に終わっても、文句は言えません。個人がやっているウェブサービスではそういう注意書きはよくあります。でも、企業ならそういうことはないだろうと。
 ただ、最近のSNSでよくあるような急なサービス終了を見ると、別に企業だからといって信頼性がある訳ではないなーというのを実感します。逆に、収益を考えない個人の方が継続という点では有利だったりする訳だし。
 それと、完全に草の根で始まった場合、最終的に誰が仕切るかという点でトラブルが起きて、空中分解しやすいけど、企業なら最終的な判断は企業が下すということでみんなが納得しやすいです。

 海外で完全に草の根から始まって大きな動きになったものというと、Linuxを思い浮かべますけど、日本だとLinuxが生まれない問題に近い? ただ、海外でもつぶれた草の根運動はたくさんあるだろうし、国民性と言い切るにはちょっと判断材料が少ない感じ。

ikemoの日記@はてな - 「Just for Fun」が出来ない日本という社会
ARTIFACT@ハテナ系 - Ubuntuたんを巡る動き

※補足
 指摘を受けて思い出したけど、日本にはコミックマーケットという最大の草の根運動がありました。あと、2ちゃんねるも草の根に入るか。
※2ちゃんねるは最初から法人だったという指摘があったので訂正
世界は寒い - 今日のどうでもいいあれこれ
 ちょっと思ったのが、国民性というより、ITというかネットの特性。運動がしやすくなったけど、同時にコケる原因も増やしたのでないかということ。ちょっとしたトラブルでも、それがすぐ情報伝達してしまうと。
 あと、ネット「だけで」やろうとするから、空中分解してしまう例が多そう。やはり実際に顔を付き合わせてないと組織の維持は難しげ。

2005/06/23

この記事へのリンク 「頭のいい秀才くん」と「村の中での対人能力だけが高い人」という存在

My Life Between Silicon Valley and Japan - 「これからの10年飲み会」で話したこと、考えたこと
 「頭のいい秀才くん」タイプの価値は下がっていくという梅田望夫氏の話が面白かったんですが、この「頭のいい秀才くん」というのが一体何なのか、というのは明確になってません。そこで、どういう人間なのか、自分なりに考えてみました。

 たくさん情報を入手してため込むことはできるが、それらの情報を総合的に把握することはできない、大量の情報の中から意味のあるものや新しい流れを見出せない。要は価値判断ができない。価値判断は結局他人がどう思っているかに依存している。そういう人たちは新しい発想をすることはできない。できないどころか、下手すれば新しい発想をつぶす側にまわる。
 これはあくまで自分の考える「頭のいい秀才くん」像です。

 梅田氏の考える「頭のいい秀才くん」像の一端が伺えるのがこちらの記事。
My Life Between Silicon Valley and Japan - 「勉強能力」と「村の中での対人能力」
 これは自分も漠然と考えていたことなので賛同。

「勉強能力」と「村の中での対人能力」みたいなものさえあれば楽しい仕事人生を送れる、という選択肢が、ここ数十年の日本社会にはかなりあった。
 梅田氏が使ってない表現を使うならば、社内政治に長けた人たちが幅をきかしていた、だと思いました。

※この話題はまだ継続してます。
My Life Between Silicon Valley and Japan - 「知の創出」のコモディティ化への戸惑い

今のグーグルの技術陣ってのは、「対人能力なんてものは要らんのだ、頭さえよければ」というタイプのハッカーにとっての「最後の楽園」という感じがする。

 これを見て、最近のGoogle AdSenseのトラブルを繋げてみてしまったり。あれは人間相手の態度ではないし。
新佃島・映画ジャーナル : Google AdSense顛末記(十)
たけくまメモ: 【驚】Google AdSenseからの契約破棄通知
たけくまメモ: 【業務連絡】Google AdSenseのリンクを停止

 で、これを読んで、昔自分が書いた文章を思い出したので、ちょっとアップ。以前勤めていた出版社の社長から、出版産業に関する課題図書(名前を忘れた)を読んで感想を出せと言われたものの、その書籍に興味をもてなかったので、自分が考える今後の出版社について書いたという。当時、自分の考える「頭のいい秀才くん」タイプの人たちがまわりにたくさんいて(官僚とか言っていた)、それにうぜー!と思い、こういう文章になったので、自分の中では思いっきり関連してます。
 2001年9月に書いたものなので、大手出版社とデジタル化など今では意味のない論もありますが、最後の辺りなんかは、ブログを彷彿させます。

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■はじめに/まとめ
 かつての出版というのは、大きな影響力を持つ媒体であった。しかし現在では、影響力を持った媒体はテレビであり、新聞であり、それを脅かす存在としてネットがある。
 新古書店の台頭は、人々が書籍に出していいと思える金額はあの程度であるということを端的に示した。娯楽の少なかった時代ならともかく、現代では多数の娯楽があるわけで、本に二千円などの金を払うのはバカらしいと思っている訳だ。
 自分は、出版が大きな影響力を持った時代を過ごした出版人のような幻想を持っていない。だから、「出版でないとダメ」というこだわりはない。自分が考えることを他人に伝えられれば、出版でもネットでもなんでもいい。もちろん、それが商売にならないとしょうがないが。どうしても紙媒体で出したいのなら、同人誌という手段だってあるのだし、取次に載せて…という既存のルートにこだわるつもりはない。
 以下の論は個別論である。

■デジタル化にどう対応するか?
 出版において、作業工程のデジタル化は急激に進んでいる。大手出版社では、大きすぎるため、一挙に作業工程をデジタル化できないという弊害があるが、中小では完全なデジタル化をはかりやすいという利点がある。また、実際にデジタル化を運用する人材だが、大手は人材がいなくても、金で技術がある外注を使える。しかし、中小は人材で勝負しないとどうしようもないのだから、人材の選別はいきおい重要となっていく。中小は企業サイズによる機動力を活かすしかないだろう。

■今後必要な人材
・プロデューサー志向の編集者の必要性
 一般書籍ではかなり普通に行われているが、マイノリティー相手の専門書籍においても、プロデューサー志向を持った編集者が必要になってきている。わかりやすい例でいえば、大塚英志である。彼は、編集ではないが、自分の著作物をいかに売るか?ということに対して、大変意識的だ。現時点で人気のないものでも、それらを組み合わせて売れる作品を作るといった発想を編集は持つべきである。
・技術的知識を持った編集者の必要性
 プロデューサー的編集が考えた企画を実際に動かす編集は、DTPなどのデジタル技術に精通している人間が望ましい。写真やグラフィックデザインは専門家に任せるべきだが、それを最終的に統合する編集者は、それを扱う知識を持ってないといけない。それがない場合、自分のビジョン通りの書籍を作り上げることができない。
・精鋭による少人数チーム編成が理想
 両方の素養を持った人間がいればベストだが、片方ずつあればその人間は有用だ。上から言われた仕事をこなすだけの人間や、創意工夫のできない人間は必要ない。以上のことは出版に限らず、ゲームやネットなどでもいえる話である。

■インターネットとどう共存していくか?
 出版はインターネットと競合しているが、どのように共存していけるか? インターネットで一番需要があるのは速報性の高いニュースである。ユーザーが強く興味のあることであったら、モニターで読むという不便性を無視してでも情報を読む。自分の感覚として、ブラウザ2画面程度の情報だったら、わざわざ紙で読む必要性を感じない。
 印刷媒体は、ネットのスピードで勝てる訳はない。しかし、ネットの情報というのは玉石混合であるし、精度も不確かなものが多い。情報の質を検証し、整理する役目というのが、出版に残された役割だろう。その最終的な出力結果が、印刷ではなく、ネットになる可能性もあるが、それはネットで金を稼げる構造ができてからだろう。

■我々が前提としなければならない条件
・人は文字を積極的に読もうとはしない
 かつて評論家という人種がオピニオンリーダーとなっていた時代があった。しかし、今では長文を発表しても、読むのは限られた人間だ。昔は、そんなエリートたちを押さえれば、世論が動くといわれていたが、そんな時代は終わってしまった。
・しかし情報は求める
 文字を読まなくなったといっても、情報を求めなくなった訳ではない。人々は興味がある事件が起きれば、それに関する情報を貪欲に集めるから、文字情報も求める。そこで重要視されるのは、情報量と的確な分析力を持ったわかりやすい解説だ。かつてのように、長文でわかりづらい文章を書く人間は学会のように特殊な場でしか必要とされない。

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