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2006/08/30

この記事へのリンク メディア経験主義のオタク、現場主義のサブカル−アキバにオタクを代表させることはオタクを現場主義にさせてしまうだろう−

K氏の読む価値なし日記クラシック - 大反省会

何故この手のサブカルはオタク文化のように広く語られないかといえば、単に東京の人間しかアクセスできないからだという気がした。オタク文化は何だかんだで全国放送のテレビ、全国画一の本屋―流通システム、インターネットに支えられてますから。俺の持論はオタク文化は元々金持ち・東京(または都市部)の文化であり、それを貧乏人(失礼!)・地方向けに捏造したものだと思ってますから。
 以前から、この「全国区に届くか否か」で文化を考える視点は必要だと思っていた。オタクはメディアを通した体験によって形成されるため、住んでいる場所による差は出にくいが(もちろん差はある)、サブカルは体験重視のため、住んでいる場所による差が激しくなるのではないかと考えている。
 テレビアニメでは、地方だと見られない番組もあるため、地元で放映してもらうための運動というのが昔からあった。そして、完全に全国均等になったのがゲームだ。パソコンゲームでも、札幌のハドソンなどのように、地方発のものが多かった。そして、ファミコンのゲームによって、全国均等が完成したといえるのではないだろうか? エロゲーもそういう意味では全国均等だったとは思う。
 サブカルにおいては、1990年代前半の雑誌ブームとHMVのような大型CDショップの普及が関係しており、都市ローカルだったサブカルを全国区にしたのではないか。あとヴィレッジヴァンガードも。

また君か。@d.hatena - COMIC MARKET 70 一日目

「秋葉系」のメモでもちょっと書いたが(http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20041120#p1)、オタクは全国どこでもオタクになれるのだ。どこの県にでもどうしようもなくオタクでしかないひとが居る。これは間違いのないことだ。ひるがえって秋葉原とコミケはというと、これは東京の話だ。つまり「オタク=秋葉原=コミケ」というのは、表面が「どうでもいいトピックをキーワードで大雑把に一括りにする知恵」としてあるけど、裏面は「オタクをサブカル的な理解へ落とし込む罠」でもあるんじゃないかということだ。秋葉原、コミケとくれば、オタクがまるで東京にしかない現象のようではないか。サブカルは、まあ確かに東京でしか生まれ育たないものだろう。けどオタクはな。どうにもな。

 オタクにおいては、同人誌即売会やSF大会のようなイベントにおいて「現場主義」が見られるが、秋葉原の存在によって、こうした「現場主義」が加速している。オタクをメディア経験主義、サブカルを現場主義とすれば、秋葉原をオタクに代表とさせることはオタクをサブカル化させることになるのではと考えられる。
 しかし、現在の様に秋葉原を「オタクの聖地」として扱うことは、オタクの共同幻想の強化には便利なのだろう。今みたいに、秋葉原が「ストリート」みたいな感じで、オタクの今のリアルみたいに扱われていくと、秋葉原にないものはオタク文化圏からどんどん捨てられていって、閉じていきそうだ。

 90年代以降の声優ブームは、現場主義、体験主義も関わってそう。アイドルマニアの間でも、1980年代から現場派とメディアを通した情報を重視する派閥(よいこの歌謡曲とか)にわかれていて、その延長にあるんだろうけど。

また君か。@d.hatena - 秋葉系

ファミっ子は全国各地津々浦々に散らばってもおなじ夢を見たからこそファミっ子なのだろう。いとうせいこう「ノーライフキング」、札幌の洋太と西東京のまことの頭上に君臨した無機の王の名は秋葉原であったか。ちがう。秋葉原もまあ悪くはないが、しかしやはりそれは違うものだ。

2006/08/24

この記事へのリンク 最近話題の80年代論本/「おたくと新人類」についての自分史観

4766412869バブル文化論―“ポスト戦後”としての一九八〇年代
原 宏之

慶應義塾大学出版会 2006-05

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486191163X東京大学「80年代地下文化論」講義
宮沢 章夫

白夜書房 2006-07-18

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asahi.com: バブル文化論―〈ポスト戦後〉としての一九八〇年代 [著]原宏之 - 書評 - BOOK
 最近話題の80年代論本二冊をネタに中条省平氏が語っていた。この二冊は読んだほうがいいのかなあと思いつつ、踏ん切りがつかずに、未だに読んでない。
 この記事を読んで改めて思ったけど、80年代というのは消費スタイルでしか語れない時代なのかもしれない。本当はコンビニエンスストアなど、インフラの変化によるものも大きいと思うので、文化的視点以外での80年代論を読んでみたいところだ。

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2006/08/11

この記事へのリンク 市場規模が大きく違う作品のネットでの評判を同列で見るのはいろいろ見誤るんじゃない?

デジモノに埋もれる日々: 「亀田」と「時かけ」 - メディアの扇動力がネットに圧される時代
 こちらの記事で『ゲド戦記』は悪評いっぱい、『時をかける少女』は口コミで大人気…といわれているけど、そもそも『時をかける少女』は大変公開館が少ない。

時をかける少女 オフィシャルサイト -上映劇場- : 角川ヘラルド映画
「ゲド戦記」上映劇場一覧
 ここを見ればわかるように『ゲド戦記』と『時をかける少女』の上映館には圧倒的差がある。

 『時をかける少女』は東京都内では新宿のテアトル新宿一館だけだったが、連日満員で、明らかに需要と供給が合っててなかった。首都圏内でもなんと千葉県では見られないのだ!(一時期幕張のシネコンで一週間上映していたそうだが)
 その連日満員ぶりを東京に住む人間が何人も報告しているから、ネット上では人気爆発なイメージを持つが、場所を変えれば、神戸という大きな都市でもこんな状態に。
Freezing Point - 「時をかける少女」観てきました

一人で「109シネマズHAT神戸」へ。 18時からの上映で、観客は7〜8人。
 金曜日の18時でこれってのは…。
 もしかすると、東京を単館のみにしたのは連日満員ぶりを報告させるためでは…?(妄想) もちろん、都内の上映館を押さえられなかっただけなんだろうけど。

 この辺りから『時をかける少女』は東京、大阪といった大都市圏で人気が高いといえる。別にそれが悪いという訳ではない。あくまでこの作品の人気というのものは局所的なものであろうということを確認したいのだ。

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2006/08/03

この記事へのリンク ネットでのアウトプットが少なくなった人の存在感

Scott's scribble - 雑記。: コリアン・ザ・サードがちと心配。
 古い記事だけど、このコメント欄のやりとりが興味深かった。

本筋とは違う話ですが、ガ島通信は転んだんじゃなくて、究極の「有言実行」をやろうとしてるんですよ。そういう意味で彼は本当に漢。ただ、それ自体をビジネスにしようとしてるのでブログに書けなくなっちゃった。
最近、彼を誤解してる人が多いことを知って、あららと思ったので一言。ネットの中だけ見ていても分からないことはたくさんありまっせ。
Posted by R30 at 2006年05月25日 23:54

>R30氏
了解しました。
ただ、了解はしましたが、
やはり私からはネットの中のガ島通信さんしか見えませんので
そう申されても全然ピンとこないのが実際のところです。

引き続き、影ながらガ島さんからの何かしらのアウトプットを待つことにします。
Posted by Scott at 2006年05月27日 12:48

 これは、R30さんの言いたいこともScottさんの気持ちもわかる。

 よく書くけど、ネットにその人のすべての情報が出ている訳ではないというのは当然だ。ただ、最初、ネットでよく発言していた人が、ネットでだんだん発言しなくなると、ネットでしか知らない関係の人からみると、あれれ、どうしたんだろうということはよくある。
 その人にとても強く関心があるのなら、メールのやりとりなど、もっと個別のコミュニケーションをすればいいんだろうけど、そこまでコストをかけるほどではないんだけど気にしているという程度の関係は、個人サイトに馴染みのある人ならよくある感覚だ。
 以前なら、こういった一方通行の関係というのは芸能人や作家などマスメディアに登場する人間に限られていたが、ブログブームによって個人の情報発信が増えた現在では、こうした一方通行の人間関係を持つ人は増えてきている。

 その人をネットで知った読者からすると、ネットにずっと関わって欲しい、ある程度情報をネットでアウトプットして欲しいという気持ちが、読者側にはあるけど、当人からしてみればアウトプットができれば、場所はネット以外でもいい。ガ島通信の藤代さんの場合は、ネットでアウトプットがされるとは思うけど。
 自分の場合、雑誌をやっていた時期はネットでのアウトプットにあまり関心がなかった。アウトプットが他にできる場所があるのなら、ネットを使う必要を感じなかったからだ。面白かったのは、その時期、ネット上では自分の存在感がなくなっていたこと。「加野瀬は何してるの?」みたいに書かれているのをよく見た。ネット上のアウトプットがないというのは、ネットにおいてはその人の死なんだなあというのを実感した。
 自分としては、ある人のネット上のアウトプットがなくなっても、その人は他の場所で何かやっているのだろうと思っているけど、「ネット上のアウトプットがない=その人の死」と感じる人は、ブログ時代になってますます増えていると感じている。それにどう対応するかどうかというのは、ネットで発言している人は意識したほうがいい。

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