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▲2004-0710  ▼泉麻人の昭和ニュース劇場

2004/07/10

box 宮台氏のK Dub Shine解説を巡る論争 はてなブックマークに追加 MM/memo投稿 del.icio.us entry

K Dub Shineこと各務貢太氏がただ一人渋谷から世界に光を放つ不幸な時代 - MIYADAI.com Blog
 宮台氏がK Dub Shineのアルバムに寄せた解説から起きた下記の論争は、ヒップホップに強い興味はないけれど、論争の流れには興味があったので読んでました。

はてなダイアリー - 成城トランスカレッジ!! ―戯言@はてな― : 「気鋭社会学者こと宮台真司氏がただ一人blogから世界(音楽批評界)に光を放つ不幸な時代」
 この解説をテーマにした対談で、この文章に対して音楽評論としての意義が認められず、「自分の方が音楽を知っている」という知識競争になりがちなことを嘆いています。

はてなダイアリー - おまえにハートブレイク☆オーバードライブ : 最近話題のK Dub Shine界隈 01:11
 第一ラウンド、栗原さんが宮台氏のケーダブマンセーはヒップホップのリスナーからディスられているよと指摘。

また「ただの偏差値エリートの東大クンじゃなくって悪いことだって知ってるんだもんね。人妻ナンパしちゃってたスティンガーなおれって逝けてるぅ、うふふん」ってな自慢話かよ。自意識系がどうしたという以前にその自意識をどうにかしてくれ。見苦しいから。自説に強引に引き寄せる解釈も相変わらずで、はてなをちょっとめぐったら、案の定「馬鹿じゃねーの宮台真司」とか突っ込まれていた。
 「その自意識をどうにかしてくれ」というのにヒザポン。宮台氏に限らず、やたらと自分語りする人が自意識自意識を言う傾向があって、「人のことを言う前にあなたの自意識過剰ぶりこそ振り返ってみたらいかがですか?」と思っちゃいます。

はてなダイアリー - 成城トランスカレッジ!! ―戯言@はてな― 「K Dub Shineを巡って、または巡らない文章を巡って〜第二弾なのディス〜」
はてなダイアリー - おまえにハートブレイク☆オーバードライブ : 宮台をクソといったわけ

こういう「自説に落とし込めればべつに対象は何でもいい」、より正確には「どんな対象でも適当にひん曲げて自説に落とし込む」のが宮台のサブカル言説である、という認識がデフォルトになっていて、読んだら「案の定」そのとおりのものになっていたから「クソ」と呼んだわけだ。その認識がどのように構築されたかを論証しろというのは酷だぜ。
 栗原さんがこのように指摘してましたが、確かに宮台氏のサブカル言説はこういう言説が多いです。今回の場合、宮台氏による渋谷の変貌話(本人の学生時代の思い出でもある)がメインで、それが音楽とどう繋がるのかわからず、苦笑しながら読んでました。
 宮台氏に限らず、サブカル言説というのはこうなりがちで、読む側としては、その話に納得がいけば、なるほどと膝を打ち、そうじゃない時は、また言ってるよーと笑って見逃します。でも、笑って見逃せるのはたまにだからで、この「また言っているよ」が増えてくると信頼度はどんどん低下。
 栗原さんの場合、宮台氏のサブカル言説を、第三者に説得力があるものとして受け取らず、「すっとこどっこいフェチ」の愛好物として見るように。これはトンデモとかそういうのだと思いますが。

はてなダイアリー - 成城トランスカレッジ!! ―戯言@はてな―

chikiは、大胆な図式化をしたときにこそ見えてくるものがあったとき、それに対して「もっと細かく見なきゃ」とのみ指摘することは有意義なものではないと思い、宮台氏の同文を評価します(あえて、ではないです)。
 「大胆な図式化」によって見えてくるものというのが、宮台氏が普段から主張している説でしかない場合、それは元の文章で扱われている題材(今回の場合はヒップホップ)に対して有意義な言説になるんでしょうか。ヒップホップ側の人がいう「オモチャにされている」というのは、君らにその言説は有意義かもしれないが、俺たちには有意義じゃないよ、という指摘だと思いました。

※更に考えると、宮台氏が普段から主張している説をどう捉えるか、という問題になるんだろうなーと思いました。僕自身は、宮台氏が普段から主張している説自体には興味を持っているものもありますが、その説を何にでも適用できるとは思っていません。ただ、その説をヒップホップ側の人たちにも考えて欲しい、という立場からすれば有意義なんでしょう。

はてなダイアリー - 死に舞 : 批評とは?学問とは?
 今回の議論を細かく分析している方。
はてなダイアリー - おまえにハートブレイク☆オーバードライブ : 美学的に見た宮台ケーダブ論をめぐる論争(?)
 それに対する栗原さんの反応。

 今回の論争は「宮台のK Dub解説はプロパガンダやアジテーションであり、それを批評と捉えて反応しても意味がない」ということで、自分の中では終了。
 アジと考えれば「K Dub Shineこと各務貢太氏がただ一人渋谷から世界に光を放つ不幸な時代」という、ヒップホップを知らない人間が聞いても、そこまで言うか!あんたは!と思えるような刺激的な見出しも当然ありでしょう。
 僕は、宮台氏のおかげで、社会学者はフレーズ勝負するアジテーターであるという大いなる誤解を抱くようになってしまいました!

 なお、僕は別にアジが悪いとか嫌いと思っている訳ではありません。どちらかといえば好きだけど、アジの中にも面白い論理や展開が入っていて欲しいと思っています。今回の文章はK Dubを賞賛するという本楽の目的に対して、ヒップホップ文化外部の人間として面白くは読めなかったということです。スチャダラがどうしてそんなにひどいのかとかわからなかったし。渋谷の風景話としては面白かったですけどね。

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Comments
投稿者 : i 投稿日 : 2004/07/11 03:46

もう書店で売っている「反社会学講座」を買わないと...

投稿者 : とんぬら 投稿日 : 2004/07/11 12:46

オタク的にはMG誌での
あさのまさひこ的アジ文と理解して終了。

投稿者 : りょく 投稿日 : 2004/07/11 13:19

essaさんの圏外6/22
http://amrita.s14.xrea.com/d/?date=20040625
あたり。
人文社会系の人を、自然科学系の人が「あなたたちのやっているのはずいぶんいいかげんですね」と言う。
自然科学の人がいいかげんな人文社会の人の代表としてイメージするようなのがhazuma的言論で。
まじめに人文社会の科学をやっている人も、「あんなのといっしょにするな」と思うのかしら。誤読ですね。すみません。

投稿者 : 加野瀬 投稿日 : 2004/07/11 15:45

>とんぬらさん
その言い方は非常にわかりやすいです(笑)。最近だと、ファウストの太田氏の発言なんかもほぼアジですし。

>りょくさん
この話題をより深く考えるとその辺りのリンク先で考えられているようなところに結びつきそうですね。
http://d.hatena.ne.jp/naozane/20040710
で指摘されていましたが、人文科学はコンスタティブ(事実確認的)とパフォーマティブ(行為遂行的)が一緒になりやすいですし。

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Weblog: 1de010g1e champl00 Tracked: 2004/07/20 06:35
Excerpt: 色々な所で話題になってるDEV LARGE VS K-DUB SHINEのDIS合戦ですが、これに妄想族の般若が噛み付いて三つ巴のバトルロイヤルになんねえかな〜なんて根っからのB-BOYであるワタシは暖かく、WWEを見る様な目で見守っているところであります。 +宮台氏への言及なんて、「新
Weblog: Y Tracked: 2005/05/04 00:27
Excerpt: メッセージと音楽
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