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2004/01/24

box 新しい物語伝達メディア はてなブックマークに追加 MM/memo投稿 del.icio.us entry

世界が認めたオタクの王様 海洋堂 造形師 ボーメ氏 “美少女”は自由な世界だ!_ホット インタビューズ
 美少女フィギュアの造形師として有名なボーメ氏のインタビュー。
 最後の方で、アニメにはオリジナルが減り、原作ものばかりになった。ゲームもジャンルが特化したので、最近は漫画や小説といった印刷物の方が面白いと語っていたのが興味深かったです。

 大量に作品を制作するのための技術は「アニメ>ゲーム>漫画>小説」の順番で洗練されてます。でも、企画力でみると、漫画や小説の方が個性的なんですよね。
 漫画やアニメ、ゲームといったオタク業界において中心となってきた表現形態を一言でまとめると「ビジュアルを利用した物語伝達メディア」だと思っているんですが(ゲームはAVG、RPGといった物語伝達を重視するジャンルを想定)、その視点でちょっと考えていることを。

 昔のアニメでオリジナル作品が多かったのは、玩具会社などの子供相手の商売をしているスポンサーによる番組が多かったからでしょう。子供に何かを売るのが主目的で、その目的を達成できるのなら何をやってもよいという制限の中からいろいろな傑作が生まれました。今から考えると、玩具会社のおかげで、80年代は変なアニメがたくさん見られたんだと思います。
 しかし、今のアニメのスポンサーの大半は映像を売ることが商売の会社なので、完全オリジナルの作品よりも、確実に売れるすでに知名度がある作品を映像化するようになりました。
 そして、ゲームは、ファミコン時代は少人数で制作できたものの、今では大規模な人数で制作されるものしかゲームとして認識されなくなってしまいました。大量の人数が関わり、大規模な予算が動くために、どうしてもおとなしい企画のものばかりになってきます。
 このように、大規模な人数や予算が動くメディアは、資金回収のために、リスクを回避し、どうしても企画の機動力が減ってきます。

 そのような状況下で、アダルトゲームの中で生まれたノベルゲームは、少人数かつ低コストで制作できる新手の物語伝達メディアとして、様々な尖った企画のタイトルが生まれ、盛り上がったという認識を持ってます。ただ、これもそろそろ新鮮味が薄れてきた面が強いです。
 で、次の物語伝達メディアはあるんだろうかと考えた時に、Flashが気になっているんですが、現時点ではFlashは草の根文化にとどまっており、どういう風に商業ベースと繋がるか、繋げられるのかが見えません。
 以前のコミケ話で紹介した2chのスレで、
TINAMIX : 竹熊健太郎 見る阿呆の一生 特別編 page3 [TINAMIX : 竹熊健太郎 見る阿呆の一生 特別編 第2回 マンガ編より]
 この2001/4の竹熊健太郎氏のインタビューが一番最初にリンクされてましたが、ここでの話は大変示唆的です。竹熊氏は自主制作のアニメーションに期待しており、その流れで2002年に登場した『ほしのこえ』も評価していました。
 このインタビューの「デジタルコミック」以降の話は全部読んで欲しいのですが、とりわけ印象的な部分を引用。

竹熊 メディアとしてのマンガは、紙媒体を前提として発達してきた技術だよね。だからモニターで見るマンガがあるとしたら、まずコマ割りの意味が根本的に変わってくる。コマというのは、まず平面を分割していくという機能でしょう。ついでその平面が集まってページというものになって、それをめくっていくという運動性にストーリー・マンガは依存しているでしょ、全面的に。

その点モニターというのはスクロールで読むしかないものだから、ページをめくる感覚とは根本的に違うんだよね。以前デジタルコミックの可能性ということでいろいろ考えたことがあるんだけど、ひとつにはスクロールという運動性に立脚した、まったく新しいコマ割りの体系が出来てくるのかどうか。あるいは、むしろコマ割りというのはなくなっちゃって、ひとつの画面のなかで動いていくものになるのか。僕は後者の可能性が高いと思うんだけど、こうなるとそれはアニメーションなんですよ。

 今後、表現形態として、印刷媒体よりモニターの方が重要になると考えると、この辺りのことはしっかり考えるべきだと思うんですが、今のところ漠然とした考えしかないので、とりあえず問題意識だけ書いてみました。

■1/26追記
発熱地帯: 物語伝達の媒体としてのゲーム
 FPSとノベルゲームの類似というのは面白い指摘でした。ゲームに関しては、ご指摘の通り、もちろん物語以外の要素も強いと思ってます。元の文章をちょっと書き直しました。
 以前、東浩紀氏がなぜ『サクラ大戦』などのオタク系で人気のあるシミュレーションRPGについてなぜ触れないのか?とサイトで指摘されてましたが、東浩紀氏はゲームを「物語伝達メディア」と見ているため、物語よりもシステムを重視したゲームは興味の対象外なのではないでしょうか。
 『サクラ大戦』はもともと「30分のOVAとして楽しめるゲーム」として作られたので、コンシューマーゲームの世界では物語が重視されたゲームになりますが、ノベルゲームと比較すると、システム重視という立ち位置になるでしょう。
 ゲームを物語の面だけで語るという傾向は、別に東浩紀氏だけではなく、大塚英志氏など文化人のゲーム話によく見られる話で、ファミコン時代、RPGが登場してから、やたらと語る人が増えたという歴史があります。RPGと漫画や文学を比較して、危機感を煽っていた評論なんかが多かったです。
 また、これはゲームだけではなく、漫画やアニメなどでも見られる現象であり、絵や演出などにはあまり触れられず、物語のみで評論される傾向があります。
 評論は、言語化しやすい物語の面に寄りがちなので気を付けたいところです。

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Comments
投稿者 : shino 投稿日 : 2004/01/26 12:36

>中心となってきた表現形態を一言でまとめると
むしろ逆の、
物語を利用したビジュアル伝達メディア、に思えてなりません。
どうにか「物語が主」から脱却して画を伝えたい作り手たちの執念が渦巻いてる気がします。
(同じく物語を踏み台にしてでも画が観たい受け手の欲求も)
つまり「いかに物語を踏みにじるか?(踏みにじって画を伝えるか?)」というベクトルで来た/行く表現形態かなあと。

投稿者 : 加野瀬 投稿日 : 2004/01/26 23:20

ビジュアルの表現技術の進化によって、作品の進化が遂げられてきた面も強いですから、その方向性もあると思います。個人的には、アニメの作画は好きですから、映像方面で暴走した作品も好きですし。
ただ、残っていったり、継承されたりするのは、ビジュアルよりも物語であろうというのが自分の考えなので、上のような表現になりました。

TrackBack −この記事に言及したサイト−
Weblog: 発熱地帯 Tracked: 2004/01/26 00:05
Excerpt: ARTIFACT「新しい物語伝達メディア」 コンテンツの制作コストと企画の自由度や個性は反比例する、という一般論で、それはその通りですね。「物語伝達の媒体」として捉えた場合に、ゲームがいまいち冒険のしにくいメディアになってしまったのは確かだと思います。実際、RPG...
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