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▲ポリゴンで動くガンヘッドが存在する  ▼2003-0922

2003/09/19

box Invitation10月号の80年代特集 はてなブックマークに追加

 「80's is now なぜ今“80年代”か?」という特集だったので購入。スタジオボイスは基本的に海外カルチャー輸入雑誌なので、あんまり読まないんですが(このテの業界において海外文化の地位は低下している気がする)、国内のカルチャーを扱う雑誌自体が減っている現在、Invitationは貴重な雑誌ではあると思います。読み応えもそれなりにありますし。

 インタビューや対談は、村上龍、大槻ケンジ、桑原茂一、ケラリーノ・サンドロヴィッチ+いとうせいこう、宮台真司+中森明夫、江口寿史+とりみきといったメンバー。
 80'sコンピレーションアルバムのプロデューサーをしている人が、CMやテレビ番組で80年代の局が多く使われるのは、80年代に青春を過ごした世代がテレビ番組やCM制作の現場で決定権を持つようになったというわかりやすい解説をしてました。Invitationの特集自体もその流れだろうしなあ。ちょい前のウルトラマンブームとかと同じですね。

 宮台真司+中森明夫の対談は読んで、何とも言えない気分に。全体に溢れる自分たちの世代の正当化を見て、こういう年の取り方はしたくないなーと思いました。

 別冊宝島の『80年代の正体!』(執筆:大月隆寛、浅羽道明、呉智英、オバタカズユキなど)に対して、中森氏は「あの連中と対照的な、いまだに有効な仕事が、宮台さんの『サブカルチャー神話解体』です」と言ってますが、あの本でのコンビニやフリーター、ギョーカイ、思想状況の考察というのは、いまだに充分通じるものだと思います。自分も『80年代の正体!』の「80年代はスカだった」というキャッチフレーズに対しては批判的態度をとることはありますけど、本の中身自体は興味深いものだと思ってます。大月氏や浅羽氏の活動が最近目立ってないのを逆手にとって、彼らの仕事を無効だと宣伝しているのは中森明夫氏らしいというか。逆に、彼らの考察を否定しておくのは、思わず触れたくなるぐらいの仕事だったということなんでしょうけど。

 中森明夫氏が「AERAは毎週新しい病気を作っている」と言っていたけど、それは「病気」を「ビョーキ」として特集するSPA!の特技でした(洋泉社の『イカす!雑誌天国』に詳しい)。中森明夫文化新聞はそのSPA!で連載していた訳ですが、どうもSPA!的なものをなかったことにしたいのではないかという印象を受けました。

 「ネクラ/ネアカ」「オタク/新人類」といった80年代的分類には「抑圧の電位差」があり、オタクに分類された人間は抑圧されて、抑鬱感を創作に結びつけていた。宮台氏や中森氏のような80年代的な人たちは、その抑圧の電位差に反応する。しかし、斎藤環氏や東浩紀氏にはその種の感覚がなく、「理由はないけどこだわってます」という感じだと宮台氏が語っているんですが、自分たちが先端を追えなくなったから、先端を扱っている(と思われる)人たちをこのように扱うことによって差別化するしかないんでしょうね。でも、宮台氏や中森氏は本人は抑圧された側じゃないのに。
 世代による抑圧の違いを意識するのは意味があると思うけど、自分たちには抑圧があったからよかった! 抑圧がない彼らはダメ! という構図を作るのは、単に自分たちの世代の正当化としか思えません。昔のオタクには抑圧があったけど、20代のオタクには抑圧がないからダメというオタク論議と同じ構図でもあります。

 既に書いている人も多いですが、中森氏の「慶應のSFCで感度のいいヤツはRELAXを読んでいるんだけど」発言は、今後ずっとネタにされることは確実でしょう。それだけの破壊力のあるオモシロ発言です。

 中森明夫氏は、こういうキャラクターだからまだ苦笑いで済ませられるけど、宮台真司氏がこんな風になっていくのは、ファンとしては残念な気持ちです。最先端の文化を押さえている、みたいな形で売っている人が、その舞台から降りる時には、自己の経験の絶対化というのは必要なのかも。
 かつて、大塚英志氏が、弘兼憲史氏などの全共闘世代が60年代の賛美をしていたのを、開き直りとして批判していましたが、10年以上ぐらい前の話で当時はその気分がよくわかりませんでした。でも、今回の対談記事を読んで、当時の大塚氏の気持ちがよくわかったので、思わずちょっと感情的に書いてみました。
※友達から「なんか焦った文章に見えた」と言われたので

 この特集の中で、80年代における政治性を911テロとからめながら、今も有効だみたいな語り口がたくさんあるのに、チェルノブイリ原発事故(1986/4/26)がほぼ出てこないのが不思議でした。この事故のあと、1987年に広瀬隆氏の『危険な話』が出て、みんな浮かれたように反原発に走った光景はなぜ出てこないのか。それは見たくない過去ということなんでしょうね。
 ただ、中森明夫氏、大塚英志氏、とり・みき氏といったメンツは、当時の広瀬隆ブームに対して疑問を呈していたことは書いておきたいです。
 チェルノブイリ原発事故と911テロは、一般市民が身近に感じる生命の危機として、想像はしていたが実際に起こるとは思わなかった事件という点で、歴史に与えた共通性が高いと思ってます。

投稿者 : 加野瀬 投稿日 : 2003/09/19 22:57  | TrackBack (2)  |  [文化] , [注目記事]
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Comments
投稿者 : 廣田恵介 投稿日 : 2003/09/20 14:17

メガ80'sの廣田です。
インビテーション誌、罪深いことに、まだ立ち読みしかしておりません。
某社で80年代本を企画中であり、プレゼン資料に使おうかと考えています。

チェルノブイリに関しては、レーガノミクス下のアメリカを
誰も振り返ろうとしないのと同じ心理でしょうか。
その一方で、『AKIRA』のような破滅を前提にしたエンターテイメントが日本には誕生していたわけですね。
国内文化に視野を狭めないと、80年代は語りえない気がします。

投稿者 : oybn 投稿日 : 2003/09/21 01:21

> 宮台真司+中森明夫の対談は読んで、何とも言えない気分に。全体に溢れる自分たちの

これの続きの文章は?
すぐ下の文にそのまま続く、ようには見えないけど。

投稿者 : kagami 投稿日 : 2003/09/21 14:54

>広瀬隆氏の『危険な話』が出て、みんな浮かれたよう
>に反原発に走った光景はなぜ出てこないのか。
>それは見たくない過去ということなんでしょうね。

思わず膝を叩いてしまいました。
80年代を語るときに広瀬隆ムーブメントは外せないのに、
みんな記憶の彼方に封印して
「無かったこと」にしているのが、なんとも(^^;

だいたいあの頃はバブルの絶頂で「抑圧」ではなく、
「浮かれていた」だけに私には見えるんですけどね。
80年代よりも、今の方が落ちついた風潮で、
私は好きですね。
80年代の思索・哲学なんてそれこそ単なる
カフェバーアイテムだった訳で、
そんなもんに価値を見出されるのは、
バブル崩壊後を生きた人間から見れば、
貴族意識・選民意識に染まった快楽志向
ブルジョワジーの懐古趣味以外の何物でもありませんね。

投稿者 : igi@バーチャルネット名無し。 投稿日 : 2003/09/22 06:27

広瀬氏といえば、この前、本屋でネオコン関連の本を出したりしているのが目にとまりました。先日の地震騒ぎ(?)の噂といい、なんだか、このところ80年代後半のあの時期に似たような現象が縮小再生産されている側面があるような気がしてみたり。

投稿者 : 加野瀬 投稿日 : 2003/09/22 13:58

外出する前に、急いでアップしたので、文章が抜けているところがありました。読み直して説明不足の部分などを追記しました。

「ネクラ/ネアカ」「オタク/新人類」といった80年代の分類から抑圧話に繋がっているんですが、ここでポイントなのは、言っている中森・宮台といった本人たちは抑圧を受けている側ではないということです。
kagamiさんが言う「浮かれていた」という方が確かにぴったりきますね。

広瀬隆的なトンデモ左翼言説は、その後環境保護や消費者運動にいって、『買ってはいけない』とかに繋がったねーと友達と話してました。

投稿者 : igi@バーチャルネット名無し。 投稿日 : 2003/09/24 17:02

一連の流れについては僕も同感です。雑誌のほうも買ってちらりとながめましたが、黒歴史化というか、記憶の上書きというか・・・。

そういえば斎藤環さんは対談(たしか東さんとの)で反原発のことを話していましたね。

投稿者 : pon 投稿日 : 2003/09/25 23:59

'90年代前半のStudio Voiceは'80年代特集が結構多くて、あの辺は必携です。
大塚氏、宮台氏ら、ニューアカ全盛期にリアルタイムで参加できなかった論者が、
サブカル系の論壇(?)で注目されたのも、Studio Voiceでの'80年代への言及からではないかと勝手に想像してます。
あの時期の何冊かのStudio Voiceは、別冊宝島の「'80年代の正体」「おたくの本」や、
レッカ社編集の'80年代本(宝島社)と共に、外せないでしょう。

確か1993年頃だったかのStudio Voiceで宮台氏は、'70年代生まれの団塊ジュニア世代は、
差異を作り出す原動力となるオタク的なこだわりがないから新しい文化を生み出せない、
と挑発してました。(かなりうろ覚え)
そして、それぞれの趣味分野に閉じこもり、互いの趣味分野の交信が途絶える
「島宇宙状態」に移行するだろう、との予言も。
これらの分析は見事に当たってます。

投稿者 : pon 投稿日 : 2003/09/26 02:04

宮台氏も中森氏も「抑圧されてた側」だと思います。'70年代末から'80年代初め、宮台氏は地方出身の"ネクラ"な映画青年で、中森明夫氏も中卒の田舎から上京してきた無名フリーライター。その抑圧の電位差を埋めようと、スキルを磨くことで獲得していったものが核になってる。が、'71年生まれの東氏からはルサンチマンが微塵も感じられない。なのにスキルもスペックも極まっており、上の世代の重鎮へのコビの売り方も巧い。(平野啓一郎氏も同類) この平坦な風景に対する違和感は、宮台氏が常に指摘してきたところでもあります。逆の立場から見ると、この辺はやはり「おっさん臭い」ですね。'80年安保(ニューアカとかマル金マルビとか)を通過した新人類世代のおっさん臭さ。

あと、SPA!的なもの(SPA!の人物観察系、分類系の'80年代的特集)と、SPA!での中森明夫氏の担当部分は全く別物ではないかな、と印象があります。中森明夫文化新聞と巻頭グラビアは、SPA!の治外法権地帯だったような印象。ただ、今のSPA!の特集は、AERAほどの世間への存在感はないので、中森氏の視界になく、批判の対象にすらならないのでしょう。

投稿者 : 加野瀬 投稿日 : 2003/09/26 14:17

宮台氏の「'70年代生まれの団塊ジュニア世代は、オタク的なこだわりがないから新しい文化を生み出せない」というのは、
http://www.miyadai.com/texts/013.php
ここで読んだことはありますが、1993年とそんな前から言ってました?

宮台氏に関しては情報がないのでちょっとわかりませんが、中森氏は「おたく」という言葉を作ることによって(1983年なので当時23歳)抑圧の構図を作ろうとしていたので、抑圧される側にいないと判断しました。だからこそ、当時のブリッコ編集長であった大塚英志氏は、その言葉に反発したんでしょう。

ところで中森氏の高校中退は偽称であるという話がありますね。最近のプロフィールでも高校中退とは書いてませんし。
「中森明夫」でgoogleしたら、宅八郎氏のサイトがトップでびっくり。
このページ自体も11番目に出てくる。ということは記事タイトルに「中森明夫」を入れるだけで相当上位になりそう。

http://www2.csc.ne.jp/~takuhachiro/0001.htm
ここで大学に通っていると書いてありました。
まー、それをいったら宅八郎氏のオタク偽装っぷりも突っ込みたいところですが。
テレビ番組中でクラリスを知らなかったことがわかった事件とか。

SPA!という雑誌の特集記事にあくまで一ライターである中森明夫氏が責任を持っている訳ではありませんが、SPAの誌面の空気を生み出すのに、中森氏の記事は影響があっただろうと考えています。

投稿者 : pon 投稿日 : 2003/09/26 23:30

宮台氏の団塊ジュニア挑発論稿を発見しました。
(団塊ジュニアは、世代内と世代間での他者の視線に鈍感であり、
 上の世代が差異化で作ったサブカルのメニューを快−不快原則で選ぶだけのタダ乗り世代であり、
 島宇宙システムの実験台)
載ってたのは、Studio Voiceの1992年10月号の特集「ヘルタースケルター」内の文章です。
当時、宮台氏は33歳頃であり、今の東氏と同じくらいの年齢でしょう。
この文章の中で、中森明夫氏のオタク差別の動機も触れてます。
以下、適当に引用します。(一部要約)


・人口学的には以前から1970年〜1975年生まれの若者は「団塊ジュニア」という名で登録されてきた。
・誰でも世代として括られることに抵抗はあろうし、
 団塊ジュニアが親の団塊の世代のような意識や共通体験を持たないことから
 世代で括ることに意味があるかどうかは問われてきたが、
 「他者の視線への敏感さが失われていく」という「固有のコミュニケーション環境」を
 生きる者たちとして団塊ジュニアを括ることに明確な意味がある。
・新人類世代は一口で「他人の目を気にする奴ら」として括れた。
・新人類世代は'77年以降、「差異化」と呼ばれる運動を繰り広げ、
 その結果サブカルチャーが多様なバリエーションを持つようになった。
・他人と比べて自分の位置を測ることで「陳腐なもの」を回避し続けるよう無理矢理促された
・たとえば83年、あるロリコン雑誌の記事がキッカケで新人類世代の一部に「オタク差別」が始まった。
 ここが肝心だが、変な人がいれば差別されるとは限らない。
 変なヤツがいても無関心ならば決して差別は生じない。
 オタク差別について言えば気になっていたから差別した。
 もう少し言えば、相手がどんな連中であるかがわかっていて
 もしかしたら自分もどこかで道を誤まればそうなっていたかもしれないような連中だから
 差別の対象となった。
 オタク差別は、新人類世代が同世代内での「比較による自己評価」の視点を持つことの、
 まさに裏返しだった。
・世代内に加え、世代間の差異に対する関心も、新人類世代の特徴である。
 そもそも新人類の世代内での差異化も60年代サブカルチャーからいかに自らを差異化するか、
 という70年代半ば以降の「世代間の差異化」の動きが出発点だった。
 かつてのサブカルチャーにシラけてみせることで反<世間>的なノリを継続させる
 「反サブカルチャー的サブカルチャー」だった。
 これを中核で担ったのが新人類世代だった。
・ところが下の世代になると「比較による自己評価」の視点は消え、
 代わりに単なる「快−不快」に基づく行動姿勢
 「好きだからやってんだよ、ほっといてくれよ」的なものが目立ち始める。
・上の世代による説教が「馬の耳に念仏」なのはいつでも同じだろう。
 だが彼らに見られる「視線への鈍感さ」は独特のものだ。
 例えば団塊ジュニア相手に「こんな奴がいるんで困る」という風に説教すると
 「ふーん、そんなバカなヤツがいるんだあ」と人ごとのように感心されて
 「オメェのことだよ」と怒鳴らなければならないことが頻繁にある。
・団塊ジュニアの「世代内/世代間の比較による自己評価の視線が乏しい」と
 「快−不快原則への忠実さ」は、ある意味、合理的な振る舞いと言える。
・この合理性を、私は「ラスト3%を詰めない」と表現する。
 仕事でも趣味でも、ラスト3%に賭けるコストは、ラスト10%を3%にするコストの数倍はかかる。
 だが目に見える変化は劇的でない。
 その意味では97%で仕上げて後はやめてしまう方が100%にこだわるより合理的だ。
 こうした感受性こそ「団塊ジュニア的」なものである。
・新人類世代の「こだわり志向」こそ、70年代後半以降のサブカルチャー多様化の秘密だった。
・団塊ジュニアは、この多様性の「遺産」に「ただ乗り」するだけでいい。
 横を意識した差異化の運動を繰り広げるまでもなく、
 「出来合いのメニュー」から「快−不快」原則に基づいて「好きなもの」を選べばいいのだ。
 そこでは「こだわり」の意味が変化している。
・その結果、団塊ジュニアの内部は多様に分解したまま、互いの間の連絡を絶たれた状態にならざるを得なくなる。
 これを私は「島宇宙状態」と呼ぶ。
・「ただ乗り的多様化」といっても団塊ジュニアが否定的に評価されるべきだとは言っていない。
 システム理論的にいえば、システムが複雑になるほどコミュニケーションが
 「島宇宙化」するのは必然的な流れだ。
 後戻りできない進化的展開を否定しても仕方がない。
 問題はシステムがこうした方向に変化する際に生じうる危険を
 できるだけ早く察知すること以外にない。
・「島宇宙化」の結果、かつて質の高いサブカルチャーの展開を支えてきた
 差別化や反発や諧謔のエネルギーは長期にわたってもはや二度と期待できなくなった。
・団塊ジュニアの文化の中では「気付く」ことより「忘れる」ことが、
 「見る」ことより「見ない」ことが、
 「現実」よりはその「代替物」が、ますます重要になることだろう。
・今日の団塊ジュニアに見出される現象は、後の時代に私たちのシステムを
 訪れるかもしれない様々な危険を前もって教えてくれるはずなのである。

投稿者 : pon 投稿日 : 2003/09/26 23:40

表題は、編集者が付けたのだと思いますが、
「ヘルタースケルターチルドレンに呼応する日本のタダ乗り世代」です。

特集名「ヘルタースケルター」とは、当時の海外の現代美術や文学や映画や音楽で見られた
非意味な暴力、性衝動、笑いを特徴とする一連の潮流(を強引にまとめたもの、
ジェフクーンズ、マイクケリー、キャシアッカー他)について
特集の企画者の椹木野衣氏がビートルズの曲名に因んで付けたフレーズです。
結局この特集でしか使われませんでしたが。

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