2003/03/10
押井守氏が語る『ほしのこえ』
文化庁メディア芸術祭歴代受賞者シンポジウムレポート 野良犬の塒より
押井守氏の発言はどれも面白かったのですが、特に『ほしのこえ』に関する発言が興味深いです。やはり『ほしのこえ』によって、現場の若いアニメーターや演出家は動揺しているんですねえ。
「他人と仕事をするということは、自分の限界を超えたものを得ること、他人のものを盗むんで自分の物にするということです」という押井氏の発言には納得するんですが、この発言全体としては、現場の人間の動揺を押さえて今の制作システムを維持したいんだろうな、という風に見えてしまいます。若手が『ほしのこえ』を真似して抜け始めたら制作現場が成り立ちませんものね。
ゲームやアニメが大人数の大規模な制作体制しか存在しないままだと、徒弟制的な制作体制のせいで新しい世代が活躍しにくくて衰退した日本映画みたいになってしまいそうな気が。デジタル技術の向上によって、ある程度のクオリティを持ったゲームやアニメが少人数で制作できるようになったんだから、メジャーレーベルとマイナーレーベルが同一線上にある音楽業界のようになったほうが活性化されると思います。
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うーむ、果たして『ほしのこえ』レヴェルの個人制作モノがこれからもドンドンとでたところで活性化するかどうか。
『ほしのこえ』が売れたのは単独で作ったものが流通に載った作品と言うだけの話題性だけだったのでは無いかと思います。これにのっかって二番煎じ的なものが出ても商品としてたいして魅力はないし、売れるようなことはないと思います。
#Yahoo ! Books に載ってた富野と新海の対談保存しておけば良かったなぁ。
『ほしのこえ』レベルの個人制作作品がぞくぞく出たら、さすがに活性化しそうですよ(笑)。
おそらく、そこまでいかないレベルの作品がたくさん出て、受け手にやっぱり自主制作作品はこういうものだと失望される可能性の方が高いとは思います。それでも、玉石混合で自主制作作品が大量に登場する方が、現状より面白いのではないかと。
押井監督のアンビバレンツな感情が吐露されているんでは。
1)羨ましい。
2)でもなぁ。
みたいな。
舞城佐藤西尾みたいに、あーいう系統の自主アニメが
沢山出てきてひとジャンルになるのかなぁ(笑)
押井監督の言う「自分の限界を超えたものとの接触」
は、『クビキリサイクル』を読んだ時の
「”世界有数の才能”がその程度かよ。この
世間知らずの若僧め」という感覚に通じるものが(略)
「ざるの会オンライン」だったかで
「アニメやゲームを作りたい若者に”アニメやゲーム
ばっかりやってちゃダメだ”と説教する大人はいるが
小説・映画だと”小説読むな””映画見るな”と説教
するのはないよね」というがあったようなのを
思い出しました。
「アマの同人制作に興味ありません」くらいに
バッサリ一言で斬ってくれた方がプロの大人っぽくて良かった。
若いスタッフが影響受けてどうのこうのなんて
重箱の隅つついて間接的に批判してるのはちょっとかっこ悪い。
Excerpt: 個人がアニメを作るということ
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