2003/02/18
アニメのゲーム描写はなぜ変わらない?
この前の『ガンダムSEED』を見ていて、カガリがシミュレーターで好成績を上げているシーンに使われたシミュレーターがゲームにしか見えなかったので「これはゲームじゃないんだぞ」というセリフがギャグに聞こえてしまいました。シミュレーターとゲームは映像面においては似ており、「シミュレーター性が高い=挙動が複雑なので操作が難しい」なので、映像で違いを描写するのは難度が高いです。でも、あの「ピコピコ音」はアニメの世界ではゲームであるという記号なんだから、すべてにおいてゲームだ、と言っているようなものではないかと。
『ガンダムSEED』に限らず、アニメで描写されるゲームというのはゲームファンからすると、突っ込みいれたくなるものばかりで、満足にいくものを見た記憶がないです。これだけゲームが普及したのになんでそういう齟齬から生まれるんでしょうか。昔のセル時代ならゲーム映像をリアルに表現するのは難しいというのはわかるんですが、デジタルアニメ全盛で3D CGも特殊でなくなった今、それなりの表現ができそうなものだと思うんですけど。あと「ゲームの音」もなんとかして欲しいところです。いまだに「ピコピコ」ってのはいただけません。
そういえば『マクロス』に出てきたバルキリー対戦ゲームは「将来こういうゲームが出来ればいいなー」と思っていた記憶があるんですが、ディスプレイこそ立体じゃないもののかなり実現されているとは思います。
ゲーム以外にスポーツも『巨人の星』的な劇画描写からあんまり進化してない気が。『魔法遣いに大切なこと』の2話で「サッカーシーンがいきなりキャプテン翼になった」と書いている人がいたんですが、スポーツをリアルに表現しようにもアニメにおいてスポーツをリアルに描く技術がないから難しいという。スポーツアニメが減ってしまったので、技術を発展させようがなかったんだろうと推測。でも、プロダクションI.Gライクな作画のスポーツアニメなんてのも見てみたいところです。井上雄彦氏がアニメ版『スラムダンク』で気になったのが「バスケコートの広さ」だそうですが、アニメにおいて空間は広めに描写されることが多いので、空間の制限があるスポーツとアニメは相性が悪いのかも。
あとは『明日のナージャ』2話でいわれていたようなダンスシーンも上手い描写はあまり見かけないですね。『ナージャ』の場合は、カメラを動かそうにも参考映像が固定カメラだったから、動かせなかったんではないかと思ってますが。
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そら時代を総括するシンボリックなゲーム番長が不在だからじゃないんでしょうか?
ピコピコ音を「危険な匂いがギュンギュンします!」に代替したら偏りすぎだし(笑)人を撃ち殺すFPSもゲームを「代表」させたらアカンでしょうし。
ブレイクスルーは、やっぱ古橋秀之さんの『ソリッドファイター』アニメ化ですよ!幸薄そうなノベルでしたが、あえて復活させる男気が…業界にはないか。
フィクションに出るゲームは時代の影響が大きいですね。
ファミコンの『ドラクエ』が流行った頃はみんなドラクエっぽいRPGになったし、『バーチャファイター』が流行った頃、みんなVFになったし。
古橋小説は大体読んでいるんですが本屋で見つからなかったので『ソリッドファイター』は読んでませんでした。
アニメに関わった自分が最初にゲーム画面と出会ったのは『ラムネ&40』の第1話。これはロボットのアクションゲームだったのに、効果音がインベーダーゲームで、かなりトホホと思った記憶が。以降、『ロックマン(葦プロ版』でドット絵師にゲーム画面再現して貰ったり『ハミングバード(OVA)』で3DCGで格闘ゲーム作ったり、最近では『ナデシコ』でさめがめ、3D格闘、シミュレーター、劇場版で2D格闘と、かなりゲーム画面にうるさいアニメ関係者かも知れない。
その経験で行くと、アニメでゲーム画面を再現するのは費用対効果を考えたら、やる意味はあまり無いと言える。音の問題で言うと、BGMをきちんと作ろうとすると当然発注はそれ専用の物を求められる。でもどのみち、作品上で流れる時は演出上フィルターをかけられてペコペコの音になる(これ、スピーカーさえ良ければリアルな音になる筈だ、とフィルターを外すと今度は、アニメキャラのいる場の情景音、BGMなのか区別が付かなくなる)。その費用対効果を考えたら、アリモノのBGMかピコピコ音でお茶を濁すのもしょうがないかな。そこで別予算組んでくれと言われても、出ないモンは出ないしね。劇場だったらまだしも。
本来は『アーケードゲーマーふぶき』みたいな題材の時に、そう言った手間をかけて作るべきなんだろう。一般作に、ゲーム画面重きの演出は負担が大きすぎる。
絵的な問題で語ると『ハミングバード』で3DCGを使った時感じた違和感は、3D世界に4Dキャラが出てくるような違和感。セルキャラだったら、まあ『ボーンフリー』と言うか『マシンロボレスキュー』と言うか。例えばTV画面を作る時、普段意識しない走査線をわざわざ入れることによって、2D世界のキャラの世界の更に1次元下の世界があることを表現するよね。ああ言う視聴者側と約束された記号的演出もそう言う意味があると。
ただまあ単純に『ガンダムSEED』で言うと、無頓着な演出に責任があると。『ゲームじゃないんだぞ』と言うからには見る側はそう意識するわけで、あの台詞を言わなかったら単純に「ヘボイ画面だな」で終わってると思うんですよ。最初の頃はモニター画面にもこだわっていた『SEED』ですが、まあ力つきたのか、あのシミュレーターは無いよな。
これからネットワークゲームも、アニメの画面で出てくると思うんですが、FFXIみたいなゲーム画面を、と言われても、1億単位で積まれなければ出来ませんからね(^_^;)
現場の貴重な声、どうもです。たしかに『ナデシコ』はモニター画面関係で凝ってました。なんきょくさんといえば『マクロスプラス』のムックでアニメにおけるパソコンの利用について語っていたぐらいですし!
ゲームの描写に力を入れても、費用対効果は薄いだろうというのはわかります。音響も、庵野監督はアニメにおいて重要と言ってましたけど、直接的な人気に繋がる訳でないんで、予算が一番投入されにくそう。声優予算は置いといて。
一から作ると予算がかかってしまうんだから、ゲームメーカーにゲーム画面を使わせてくださいと頼んでみたほうがいい気がしてきました(笑)。
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