オタク定点観測 2001/06
[第26回]−キャラクター主導文化の台頭

 2月号の話題の続きになるのだが、今回は男性オタク文化の流れを追ってみたい。
 各年代のオタク文化をキーワードで考えてみよう。男性文化なので「美少女」は共通キーワードだ。70年代は「特撮」「ヒーロー」、80年代は「メカ」「SF」が挙げられる。
 70年代は特撮ヒーロー番組が全盛であり、アニメも『マジンガーZ』などのようにヒーロー主体の作品が多い。80年代になると「世界観」という言葉が幅を利かせてくる。ひとつの世界観を元に、漫画やアニメ、ゲームなど複数のメディアで展開させることが、受け手に対する戦略として有効だった。大塚英志氏など、それを商売にしていたグループや作家も多い。「SF」は世界観を作るのに適した手法だったし、「メカ」もそのSFを支えるのに便利な小道具であった。
 しかし、90年代になってからは、「世界観」に惹きつけられる受け手が減っていった。それがはっきりしたのは92年の『美少女戦士セーラームーン』であった。『セーラームーン』はキャラクター主体の作品であり、キャラごとにはっきりファンがついた。今では一般的な「萌え」という造語が爆発的に普及したのもこの作品からといえる。そこで、90年代のキーワードは「キャラ主導」としてみたい。
 この「キャラ主導」というのは、実は女性の世界ではすでにあった文化だ。ジャニーズや宝塚、『キャプテン翼』などではおなじみである。受け手がキャラを使って遊ぶ、それが「キャラ主導」文化なのだ。
 また、キャラが主体になっていったことによって、必然的にキャラの掘り下げが必要になり、キャラの内面がクローズアップされるようになってくる。もともと、キャラの内面描写というのは少女漫画で養われてきた手法だった。その手法を男性の世界に持ち込む漫画家もいたにはいたが、いかんせん少数派であった。漫画という媒体では、少年漫画と少女漫画の文法が確立され過ぎていたからだ。キャラの内面描写が男性文化の中で確立されたのはやはり1995年の『エヴァンゲリオン』からだろう。余談だが、『エヴァ』の80年代くささは「世界観」の強さにあったと思う。しかし、アニメでキャラの描写にこだわる作品は、アニメという媒体での難しさもあり、あまり登場しなかった。
 しかも、アニメよりキャラの内面描写と相性のいい媒体があったのだ。それはゲームである。AVGやノベル形式のゲームでは、大量の文章を読ませるので、キャラの描写が必要だったのだ。この流れが顕著に現れたのはコンシューマーゲームではなく美少女ゲームであり、1996年の『雫』の登場が決定づけたといえる。また、ヤングアダルトと呼ばれる小説の世界にも、この流れは影響を与えていった。『ブギーポップは笑わない』が電撃ゲーム小説大賞出身というのは象徴的である。
 そして、この流れを端的に示している実例がある。ワンダースワンカラー用のAVG『機動戦士ガンダム Vol.1 -SIDE7- 』は、『ガンダム』のストーリーをアドベンチャー形式で追っていくゲームなのだが、原作からアムロのセリフや内面描写が追加されている。1979年に登場したアムロというキャラを現代に成立させるためには、そのような内面描写が必要になった訳だ。

掲載=カラフルPUREGIRL 2001年6月号(ビブロス刊)

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WOWOWのスクランブル枠で始まった『The Soul Taker』がいい感じ。『ヘル・ボーイ』ばりのハイコントラスのきいた画面や、イカれた演出、監督の新房昭之氏の個性が爆発してます。ぜひレンタルビデオなどで見て欲しいです。あ、DCの『セガガガ』もいいゲームです、ええ。
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