オタク定点観測 1998/10
[第7回]−オタクに「絵」は必要不可欠

 オタクの世界において、上手下手を考えなければ、絵を描ける人というのはかなり多く存在する。オタクにとって「絵」というのは、そのぐらい空気のような存在なのである。
 一般的に絵は、作品面でしか評価されないが、オタクにとって、絵というのは作品である側面と、コミュニケーションという側面の二つがあって、その両者がいり混じっている。一般人から見ると、これは不思議な現象らしい。それは、絵をコミュニケーションの道具として楽しんでいる人たちの中に、絵を作品としか思っていない一般人が入ってくるとトラブルが起きてしまうことからもわかる。「君たちには向上心がないのか? これは馴れ合いごっこだ!」みたいにね。一般人でないオタクでも、お節介な人なら、こうやって割り込むことはよくある。しかし、彼らは絵が上手くなりたくて、その場所にいるのではないのだから、その突っ込みは野暮というものだ。ただ、その場所で「上手くなりたいなー」と言っている人がいたら、突っ込まれても仕方はないだろう。当然ながら馴れ合いの場所では絵は上達しない。いじめられて上達するのだ!(言い過ぎ) いつかアイツをうならせたいと思う心が、あなたの絵を上達させるのだ。
 少々話がズレたが、そういう「コミュニケーション用の絵」というのは、一昔前では人様に見せられるほどのものではなかった。しかし、最近の中学・高校生は、そのような用途の絵でも、手慣れた絵を描いてくる。これは、彼らが絵を描く時にお手本にする絵のレベルが上がってきたからだ。漫画やアニメのようなデフォルメ絵というのは、デフォルメの法則をつかむまでが難しいのだが、これだけ上手いデフォルメの参考書が世に出回っていれば、法則をすぐ会得できるだろう。
 現在30歳ぐらいの70年付近で生まれた人間が20代の頃に、オタク業界のビジュアルレベルが急激に上がった。という事は、当時10代だった人たちが、それらを参考にして絵を描いていたのだから、当然高いレベルとなる。そして、現在10代の人間が見ているのは、これら全ての集大成だ。この「絵のインフレ」によって、全体のビジュアルレベルが上がったのは嬉しいのだが、その弊害はいろいろな方面で起きている。たとえば、絵がイヤだからといって面白い漫画を読もうとしない人々の発生。ヤングマガジンの『カイジ』の絵が怖いといって、読まない人がどれだけいることか!?
 このように「絵が上手い」という事が、当然になった現在では、「絵が上手い」というだけでは抜きんでるのは難しい。こんな時代だからこそ何を伝えたいのか?という事が、これからは重要になるのだろう。

掲載=PUREGIRL 1998年10月号(ジャパン・ミックス刊)

■コメント
 オタクというものを定義づけるものとして、「絵」というのは重要なファクターなので、触れてみました。それと、よく「若い人は絵が上手い」といわれるので、それに対する考察もいれてます。
 『カイジ』の例えは今読むとちょっと違和感があります。今では『カイジ』はオタクギャグの基本になってますが、この頃は福本漫画は絵が嫌いなので読まないと言っている人が多かった印象を受けたんですよ。本当の弊害というのは、作り手側に絵の追求をする人は増えたけど、ストーリーの面の追求をする人が少なくなってしまったところでしょうか。
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8月末は、ガンダム雑誌G2O(アスキー)のコラム、コミッカーズ(美術出版社)の森美夏インタビュー、カラフル萬福星(ビブロス)の同人誌デジタル制作記事が出ます。仕事し過ぎでした…。
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