『多重人格探偵サイコ』の読者層 : ARTIFACT ―人工事実―
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多重人格探偵サイコ (1) (角川コミックス・エース)対中二病汎用人型決戦兵器としての大塚英志『多重人格探偵サイコ』 - 極南の空へ[↑B]
 『多重人格探偵サイコ』という作品が、自分にとって面白いところの一つは「かなり売れている作品の割にファンが見えにくい」ところだ。
 この記事では中二病ホイホイだと分析されていて、確かに中二病センスにうまくチューニングされているとは思うのだが、この記事で言われるように『多重人格探偵サイコ』がオタク向けのエンターテインメント作品として作られたというのはちょっと違うと感じている。それは『多重人格探偵サイコ』に対して熱意を持ったファン、いわゆるオタクというのは、どうにも見えないからだ。ここで並べられている『涼宮ハルヒ』と似たようなファンを『多重人格探偵サイコ』で見つけるのは難しいだろう。

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 これはあくまで推測なのだが、大塚氏は『多重人格探偵サイコ』に関して「あえてオタクにバカにされる/無視される立ち位置」を目指したという印象を受けている。そして、オタクの間で「サイコが好き」とか恥ずかしくて言えないような空気を作ったことが作品のヒットに繋がったのではないか?
 「サイコ好き」と恥ずかしくて言えないような空気といいうのは、漫画評論などオタク関係の評論で『多重人格探偵サイコ』が取り上げられることは少ないことからも感じる。評論家でもある大塚英志氏の作品を下手に取り上げられたら、大塚英志氏にどんな反論されるかわからないから、取り上げる人がいないからかもしれないのだが、それにしても、大塚作品への評論の少なさというのは興味深い事象だ。

 『多重人格探偵サイコ』の評論というと、樋口ヒロユキ氏によるTINAMIXでの『多重人格探偵サイコ』の評論を思い出すのだが、これも『多重人格探偵サイコ』論というよりも「大塚英志論」の面が強い。
多重人格探偵サイコ オウム真理教的 - TINAMIX[↑B]

 そもそも『サイコ』という作品自体、作者の体験の反映などではなく、TVドラマやハリウッド映画、せいぜいリアルなところで60年代以降のサブカルチャー、現実の殺人事件からの引用の集積でしかない。『サイコ』の登場人物に刻印されているのは「過剰な内面」などではない。むしろそこにあるのは救いがたいまでの平板さであり、「深みのなさ」なのである。そしてこの「深みのなさ」は、そのまま俺たち自身の抱える不毛にも直結している。俺たちは戦争を知らず、飢餓を知らず、貧困を知らない。ベトナム戦争もヒッピー・ムーブメントも、バブル経済すらロクに知らない。後ろを向いてもそこにあるのは模造品と規格品、乱反射するシミュラークルの戯ればかりなのである。

 俺たちの生を構成する経験は規格品でしかなく、その順列組み合わせによってしか俺たちは自己を語れない。だが、仮に自分が全くの規格品から出来ていたとしても、それでも「自分」という存在、「自分とは何か」という問いは残る。この問いから逃げようとすれば、完全にデータベースの中に自己を溶解させる「宮崎的なるもの」の誘惑が待っている。

 手許に残された大量のジャンクだけを頼りに、「宮崎的なるもの」の誘惑を振り切って、「自分とは何か」を語ることは可能か。大塚が『サイコ』を通して問いかけている問いは、まさにこの点にある。あくまで「深み」や「内面」を欠いたところから出発し、規格品の記憶だけを頼りに「自己」を語ること。この救いがたくチープかつ深遠な問いを巡って、『多重人格探偵サイコ』は綴られている。そしてその暴走は、一部の読者を置いてけぼりにするほどの速度にまで達しているのである。

 元記事のブクマコメントで『エヴァンゲリオン』と似ているという指摘をしている人がいたが「引用の集積でしかないジャンク」という点は似ている。
 庵野秀明氏は自分の中にあるのはメディアの記憶しかないことを逆手に取り、『エヴァンゲリオン』ではメディアからの引用で精密な作品世界を作り上げ、そこに深みを与えるため、登場人物たちの内面を描いた。対称的に『サイコ』では、登場人物たちにそのような「深み」や「内面」を与えずに描いている。

 さて、最初に言ったような『多重人格探偵サイコ』の読者層については、KAWADE夢ムックの『田島昭宇vs浅田弘幸』にて書店の人が触れた記事が載っている。
ARTIFACT ―人工事実― : 田島昭宇vs浅田弘幸 KAWADE夢ムック[↑B]
 過去にもこのムックに触れたが、オタクっぽい客が購入するという話はなく、カップルで買う客が多いという話が印象的だった。結論として、これといった見えやすい読者層がある訳ではないようだ。
 このことから、少し想像を飛躍させてみると、『多重人格探偵サイコ』が抱える中二病とは、オタク的中二病というよりもヤンキー的中二病なのではないだろうか? 最近ヤンキー文化考察が流行っているが、この文脈で考えてみると面白いのかも知れない。

田島昭宇vs浅田弘幸 (KAWADE夢ムック) 田島昭宇vs浅田弘幸 (KAWADE夢ムック)

河出書房新社 2000-11-25

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これまでのコメント

  1. どどど より:

    『多重人格探偵サイコ』の読者層 : ARTIFACT ―人工事実― http://bit.ly/9Xd4P "かなり売れている作品の割にファンが見えにくい"

  2. 確かにこれ気になってたんですよね。『多重人格探偵サイコ』の読者層http://bit.ly/9Xd4P

  3. 「多重人格探偵サイコ」、買ってました。新刊がなかなか出ないから買うの止めたけど。購買層、と言われたら、そういえばわからないなあ。http://bit.ly/9Xd4P

  4. 『多重人格探偵サイコ』の読者層 : ARTIFACT ―人工事実― http://bit.ly/9Xd4P

  5. かっつ より:

    『多重人格探偵サイコ』の読者層 http://bit.ly/9Xd4P

  6. 完全防水 より:

    普通にサブカル的中二病向けなんじゃないでしょうか?
    スタジオヴォイス(廃刊したけど)とかCutとかクイックジャパンとか
    読んでるような。

  7. とく より:

    読者層が見えにくいとの事ですが、mixiの「多重人格探偵サイコ」コミュニティを見たら参考になるのではないでしょうか。mixiには「メンバーの参加コミュニティ」という機能もあるので、他にどんな文化を消費しているが「多重人格探偵サイコ」好きなのかがわかると思います。
    kanoseさんにとって「読者層が見えにくい」という事自体、オタク界隈・ネット論壇界隈の外にいる人が読者である事を示しているのかもしれませんね。
    私は「多重人格探偵サイコ」のために「ヤングエース」を購入している熱心な読者の一人ですが、その私にとって「多重人格探偵サイコ」を読む人を中二病だと判断して見下す人たちは「存在が見えにくい」です。
    自分の特徴と他の読者の特徴の共通点として挙げられそうなのは、
    1、「羊たちの沈黙」を見てプロファイリングや犯罪心理学に興味を持った
    2、邦楽では Dir en grey などのヴィジュアル系バンドの音楽を好んで聴く(そういう人を見下す人あり)
    3、洋楽では Marilyn Manson や Nine Inch Nails や Slipknot の音楽を好んで聴く
    4、乙一の黒々とした物語が好き(乙一読者を見下す人あり)
    5、「多重人格探偵サイコ」は絵の美しさとファッションとグロテスクさに惹かれた(ストーリーや思想はあんまり関係なし)

    エーリッヒ・フロムの「悪について」という本がありますが、その中で
    <死を愛好する者>=ネクロフィリア、という概念が出てきますが(一般的なイメージの「死体と性交する人」の事ではない)、そのネクロフィリアを「GOTHの傾向を持つ人」と読み替えたら、そういう人たちが「多重人格探偵サイコ」の熱心な読者かもしれません。

    「悪について」から引用改造した文章を載せてみます。
    ・GOTH の傾向を持つ人とは、観念的な死体、頭蓋骨、埋葬、死、暗闇、夜に魅惑される。
    ・GOTH の傾向を持つ人の母親とは、子供の良き変化には感動せず、子供の喜びには無反応で、子供の内部に育ってくる新しいものには何ひとつ気付かない場合が多いように思われる。
    ・人間のエネルギーのほとんどが、攻撃に対する自己の生命の防衛あるいは飢餓の防止に用いられるかぎり、生への愛好は妨げられ、<死>を愛好する傾向が助長される。社会的条件がオートマトン(自動人形)の存在を助長すれば、その結果は生を愛好することではなくて、<死>を愛好することになろう。

  8. 加野瀬 より:

    >完全防水さん
    サブカル中二病なら、STUDIO VOICEやQJなどその手の雑誌で特集されたりしてもよさそうですけど、そういうことなかったですよね。

    >とくさん
    「中二病」という少々刺激的な単語を使っているので誤解されているようですが、僕は『サイコ』の読者を見下している訳ではありませんよ。人気フィクションは何らかの中二病的なものを抱えていると思ってますが、そこに上下があるとは考えていません。
    そもそも、僕は大塚英志氏の作品は『北神伝綺』や『木島日記』など好きで、『サイコ』も最近は買ってませんが、当初は買ってました。
    mixiのコミュニティ見るというのは確かにいいですね。ちょっとチェックしておきます。
    いろいろ詳しい解説ありがとうございました。

  9. ひどいよ より:

    俺みたいな田島昭宇ファンの存在を
    完全に無視した文章に絶望した!

  10. dai より:

    MADARAから移行するように読み始めた大塚英治・田島昭宇のファンもいますよ。
    というか連載初期はそっちがメイン読者じゃなかったかな?
    一連のMADARA作品群とその読者層を考えて欲しい。
    無論、連載当初と現在ではサイコの作風が変わっている事は考えるべきで、blog主が現在のサイコについて触れているのは分かるけどね。

  11. 通りすがり より:

    >MADARAから移行するように読み始めた大塚英治・田島昭宇のファンもいますよ。
    自分がまさにこれです。
    まさか10年以上も連載が続くと思っていませんでしたが…。

  12. 774 より:

    >オタク的中二病というよりもヤンキー的中二病
    これはなんとなく分かるような気がする
    残酷な描写やエロス、心の闇などいわゆる中二病な方が惹かれやすい人間の負の部分をたくさん描いている作品の割に、オタク的なそれと違って重くないというか演出が控えめというか形式的というか

    特にどこがヤンキー的というよりは、オタク的中二病に対するヤンキー的中二病というのがしっくりくるような感じ
    オタクの逆方向にベクトルが向いてさえいれば他の言葉でもいいような
    思い浮かばないけど

  13. 匿名 より:

    自分の周りでは、絵面がすごいってことで美術大学やその予備校で流行ってましたね。

  14. sgr より:

    どう見ても自分が好きそうな感じなのに凄く嫌いなのが何でか分からなかったんですが、
    オタク的ではなくヤンキー的というのを聞いて、成る程と思いました。

  15. puretrans より:

    納得な部分も。:ARTIFACT ―人工事実― – 『多重人格探偵サイコ』の読者層 http://bit.ly/9Xd4P

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