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正論を賞賛したくなるのは、信頼している相手から言われた時だけ

add to hatena hatena.comment 71 users add to del.icio.us 11 users add to livedoor.clip 13 users [ネット] 2007/3/26(月) PM9:05

 反応集にいれようかと思ったのだけど、ちょっと別の話題になっていたので。

Scott’s scribble - 雑記。 - 「エスポワールで利根川の演説に感涙」と書いた。

もっと具体的に言うなら、
   「Web2.0」と「トップダウンによる意見の広がり」ってのは
   もっとも対極にある概念じゃねぇの?
という違和感というか不信感というか。同じ言葉でも権威ある人が言わないと通らない、もしくは同じ言葉でも権威の有無で受け取られ方や影響がまるで違うところに、使う(受け取る)人の限界が垣間見えたりとか。ましてやそれが他でもない梅田氏のエントリによって示されるってのはどうなんだとか。そういう感じ。

 各所で言われているように梅田さんの言っていることはちっとも新しくない。内容だけで考えれば、陳腐でさえあるといえるだろう。しかし、今まで言われてきた内容だから価値がないということではない。特に今回のような話は「正論」であり、「正論」とはそもそも誰が言っても受け取る側としては納得する。だから「正論」なのだが。しかし、納得したからといって、その言葉に心が動かされたり、何か行動しようと思うかどうかは別である。今回の梅田さんの「正論」が、たくさんの人の心を動かしたように見えるのは、それまでの梅田さんの行動に対して、何らかの信頼感や好感を持っている人がたくさんいたからだ。

 たとえ、発言の内容が同じでも、発言者と表現方法によって、受け手にとってその発言の重みは変わってくる。これは発言者が無名だからといって、その発言に価値がないと言っているいる訳ではない。Webにあるフラットさというのは、あくまで「参入機会の平等」であり、「発言が人に及ぼす力(影響力)の平等」ではないのだ。何らかの活動をしてきて積み重ねがある人と、そうした積み重ねがない人の間には、発言の影響力によって差が出るのは、しょうがないのではないか。
※内容は間違っていると思うけど、あの人は有名な人だから何も言わないようにしよう、というのは確かに良くないが

 また、表現方法によって、同じ内容であっても受け取られ方が変わってくる。それを端的に説明しているのが「糸井重里メソッド」だった。同じことを言うにしても、相手が受け入れやすいような加工はある。今回の記事の梅田さんの檄文口調はそうした工夫に入る。
モヒカン族 - 糸井重里メソッド

 そして、発言者への信頼というのを突き詰めていくと、結局「宗教」という扱いになってしまう。その辺を意識してか、糸井重里氏は宗教と言われることを覚悟していると発言している。
糸井重里インタビュー タダの「ほぼ日」が儲かる理由 - 日経ビジネス EXPRESS

  だから、「ほぼ日」は、人気が出たらそうしたことを言われるだろうけれど、もう覚悟しようと。やっぱり、宗教だと言われることを、若いときは恐れるんですね。でも言われてもいいやと、ただし引き止めないんですよ、うちの宗教は、というふうに言えばいいと思うんです。ただし、強制はしません。出入り自由の宗教です、と。

  また来たかったら来ればいいし、出るなら出ればいいしという、ただほかの宗教に行くだけのことで、そうしたらそれでもいいやと。できるだけこの中ではうそをつかない、できるだけお互いにいいところを褒め合う、みたいにして育っていきたいなと思って。で、その中に、コンテンツとして物を介在させる方がみんなが喜ぶということに気が付いたんです。

 これから考えるに、糸井重里氏は「トップダウンによる意見の広がり」を揺るぎなく信じていると感じる。正確には「ボトムアップに見えるようなトップダウン」を志向しているのではないかと見るが。
 また、岡田斗司夫氏はこういった構図を「自由洗脳競争社会」と説明していた。
ぼくたちの洗脳社会 目次

 こうした発言者の影響力に対して、無名や匿名で対抗するための有効な手段が「数」になっている。しかし、匿名では発言者の総数というのはわかりにくい。もしかしたら、同一人物が何回も書いているかもしれない。IPアドレスによるトリップがついていても、いちいちトリップを確認するのも面倒だ。ブログのコメント欄で、こうした同一IPからの書き込みをIP表示ではなく、何か色などで同一人物だとすぐわかるような表示にすれば、コメント欄の炎上に対してある程度防御ができるかも。
 Web2.0というか、CGMはこうした「数」を可視化することによって、無名や匿名の人の発言を評価しやすくできるように加工しているのであって、トップダウンによる意見の広がりをすべて否定している訳ではないと自分は考えている。

梅田望夫氏「人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ」反応まとめ

add to hatena hatena.comment 126 users add to del.icio.us 17 users add to livedoor.clip 21 users [一般] 2007/3/23(金) AM12:00

 言及が多いので誰かまとめるだろうと思っていたら、いないし、自分があとで追いかけたいのでまとめてみた。

My Life Between Silicon Valley and Japan - 直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。
はてなブックマーク - My Life Between Silicon Valley and Japan - 直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。 メタブクマ メタメタブクマ
 メタブクマでの空中戦が楽しい。
My Life Between Silicon Valley and Japan - 嵐のような反応を読んで
 それらの反応をふまえて。

 オプティミズムについては、これが前哨戦だったようだ。
My Life Between Silicon Valley and Japan - 悲観主義とオプティミズム
404 Blog Not Found:Don’t be optimistic; optimize!
分裂勘違い君劇場 - なんでも悲観的に考える人と、なんでも努力すれば何とかなるという人

Earth::japan::usukey - love, move, enjoy, imagine for innovation - 2007/3/17 梅田望夫 Lingrイベントまとめ
Earth::japan::usukey - love, move, enjoy, imagine for innovation - Lingrイベントまとめを読んだ人は総体としてどんなことを感じたのか?
 この発言が出る背景になったひとつのlingrでのチャットログ。

■補足

naoyaグループ - naoyaの日記 - 梅田さんのメッセージ
404 Blog Not Found:君たちの感動的なお言葉
アンカテ(Uncategorizable Blog) - 「自分を信じろ」と本気で言う大人がいるってことは、そんなにビックリすることなんだろうか?
kamihira_log: 「二十歳にもなれば、その人のすべてはもう顕れている」

■連想

ノッフ! - 僕は料理屋で美味いと思ったら誉めるという話し
なぜ提案が受け入れられないのか|WEBクリエイターの木
赤の女王とお茶を - 最終警告!本当は怖い盲目的予定調和説
hon-daniの日記 - 穴を掘るなら水がでるまで
諸悪の根源は物理的:日本よりアメリカでの起業に向いている人
アンカテ(Uncategorizable Blog) - ホリエモン判決で東大生はどちらに向かうか?

■誉めるの不安派

何がなんでも人を褒めるのは失礼だからね?::したらば元社長日記
ekken : 粗探しされても褒められて天狗になるよりはマシ
あんたジャージでどこ行くの: 人は何故「ほめない」のか。

■ネガティブ派

はてなブックマーク - はてなブックマーク - My Life Between Silicon Valley and Japan - 直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。
全肯定ポジティブ教はきらいだ : ひろ式めもちょう
※それに対する反論 panna cotta buona - 褒めること

■これなんて自己啓発セミナー?派

I 慣性という名の惰性 I - はてなからの伝言
[悪徳商法?支店]: うめだもちおのほめぱげ
おまえにハートブレイク☆オーバードライブ - 最近のそっくりさん

■パロディ

upskirt - 褒めることで人は容易に道を誤る
直感を信じろ、自分を信じろ、女好きを貫け、女の気持ちを考えろ、出会い系サイトの粗探ししてる暇があったらメールの一本でも投げろ。 - 鈍感力ブログ

 いろいろな反応を読んで思ったけど、ネットみたいな人同士の関係性が薄い場所での批判と、会社などのような関係の継続が強制される場所の話が一緒になっていて、各人それを好きな方にとって自分の持論を話していると思った。梅田さんが「日本のネットでは…」と言ってしまったからなんだけど。

※個人的に関連していると思った記事
ぼくはまちちゃん!(Hatena) - ともだちはてな
 梅田さんの記事のブックマークから言及記事を見ていたら、なぜかこの記事も出てきて不思議だった。一端リンクしてその後消したのかな?
ARTIFACT ―人工事実― : 誉め上手に人は集まる
ARTIFACT@ハテナ系 - 人が喜ぶのが嬉しくてやっている人は儲かる
ARTIFACT ―人工事実― : 欲しいのは「陰口で繋がる自由」

インターネットの普及によるミーハー・薄い人の可視化と「オタクはやめられない」という幻想が「オタク世代論」を加速させる

add to hatena hatena.comment 88 users add to del.icio.us 7 users add to livedoor.clip 12 users [オタク] 2007/3/22(木) AM12:00

 今メディアやネット上で発言しているようなオタク第一世代、第二世代の人たちのおかげで、つい忘れられがちだが、その影には、過去にオタクをやめたり、オタクというほどかつての趣味に熱中してない人たちがいっぱいいる。現在積極的に発言している人たちは、そうした選別をくぐり抜けてきたオタクエリートであり、歴戦の勇者だ。
 漫画『げんしけん』で斑目が「オタクはなりたくてなったものじゃないからやめたくてもやめられない」と言っているが、これは立派な誤解である。ある程度オタクをやっている人なら、まわりがどんどんオタク趣味から離れていく経験はあるはず。おそらく作者はわかって斑目にこう言わせているのだろう。「やめられない」という幻想こそが、オタクを続けることに必要であり、人間の関心が変わらないことはないのに変わらないかのように思わせておくことが、オタク業界には重要なのだと。

 「オタクがやめられない」というイデオロギーから、オタク第一世代、第二世代も当時から構成は変わっていない、という誤解が発生する。そんな訳はない。昔から、ミーハーな人やオタクとして薄い人という人たちは存在していた。しかし、かつてはそうした人たちの声が、多数の人に届くことはなかった。雑誌の投稿欄はフィルタリングされるし、ファンジンやパソコン通信などで語る人たちは論客ばかりだった。インターネットの普及初期も似た状況だった。しかし、インターネットが普及するにつれ、ミーハーといわれていた人たちの声が可視化されていった。そのため、今のオタクにはミーハーが多いと見えてしまう。もはや、検証することは不可能だが、昔でも一定の比率でミーハーな人たちがいて、その比率は現在も変わらないかもしれないのだ。
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