わかってない人の解釈がそれをよく知らない人たちの間に広まるのが許せないのなら、自分から知らない人たちに向けた情報発信をすべし
記事タイトルだけだと当たり前過ぎるのだけど。
はてなブックマーク - ARTIFACT@ハテナ系 - 最近読んだ漫画単行本
こっちのブクマコメントも書いたけど、一般論にできるので、きちんと書いてみる。
4コマ漫画に関してはかなり知識がないので、今回の記事に関して、4コマ漫画に詳しい人にとってむず痒いことを自分が書いたんだなあというのはわかった。自分だって、そういうむず痒い経験はいっぱいしているからよくわかる。でも、むず痒さや苛立ちがあるという感情がわかっただけで、何が問題なのかというロジックは理解できなかった。
自分が20代の頃は、そういう「お前らわかってないよ!」みたいな苛立ちを同人誌やらネットの日記にぶつけていて(それはこのサイトの1997年頃のログを見ればよくわかるはず)、そこで書いたり、考えたりしたことというのはすごい自分の血肉になったし、人に説明する言葉を持てたなーと思ってる。
ブックマークコメントでちょっとコメントを書いて、単に感情だけを発信しても、書いた人の感情がわかるだけで、人により深く理解してもらうのは難しい。だから、「俺がもっとすごいきゆづきさとこの解説を書いて、中途半端なこと書いている加野瀬にぎゃふんと言わせてやる!」ぐらいの勢いが欲しいなあと年寄りオタクとしては思う。
ただ、カウンターばかりを意識して、その反論ばかりになってしまうと、元々の批判対象を知っていること前提の文章になり、批判対象の下位要素になってしまう。こういう文章はネットだと一杯見かける。だから、洗脳合戦/プロパガンダ手法として、自分の価値観を広めるのが目的ならば、カウンターを意識しつつ、それ単体でも読めるような文章にしたほうが良い。
話題になっている『現代視覚文化研究』に収録されている「萌え系4コマ年代記」は読んでないのだけれど、これはおそらく4コマを知らない人に向けて書かれているのだろう。このコメントを書いた人たちは、
よつぎりポテト
すいーとポテト@はてな
kowyoshiの日記
と、4コマ漫画のニュースを追いかけるブログをやっているけど、ニュースだけだと外部の人は関心を持ちにくい。年寄りオタクにわかった口きいてもらいたくないんだよ!というのなら、この記事の間違いのパッチを当てるだけでなく(kowyoshiの日記 - 現代視覚文化研究への返歌)、これが俺の4コマ歴史観だ!みたいな強烈なものを書いたほうがいいのではないだろうか。
ウィンドバード::Recreation - 専門分野において専門的なブログが負けてしまう矛盾
こういう問題は確かにあるのだけれども。最近ではこのゲームの話が端的だった。
FIFTH EDITION: SCEと任天堂の「いつか来た道」
島国大和のド畜生 FIFTH EDITIONさんとこのSCEと任天堂の「いつか来た道」に関して
自分の経験から言うんだけど、反論や細かい間違いを突っ込むのは楽だけど、それだけだと、その事象をよく知っている人たちにしか読まれず、その人たちに拍手喝采されるだけ。当然の話だが、それ単体で価値観を感じさせるような文章のほうが広く人に読まれる。
※関連
ARTIFACT@ハテナ系 - 本当に「どうでもいい」ことなら言及しないほうがいいのか
洗脳合戦/プロパガンダ手法としてのスルー力問題。
Link http://artifact-jp.com/2006/12/27/informationsending/



















>それ単体で価値観を感じさせるような
正直コストが高いっす。「Aを貶せば、Aを貶したい人に喝采で迎えられる」という事象に対し、別にAを擁護する気はないし、面白おかしく脚色したものの脚色を剥ぐだけでは面白くなるはずもないし、事を大きく構えたくないし、って感じです。
ゲーム業界の愛蔵太さんの登場を期待します。(どこにだ)
FIFTH-島国連関に関して、休止中だったゲームセンターに明日はあるの?がエントリしていて驚きました。