mixiは毎日年賀状をやりとりするようなものだから疲れる-コミュニケーションコストが高いツールで複数の人と雑談を毎日する苦労-
kercの日記 - mixiが嫌になるようなメンタリティが非コミュと呼ばれるんじゃない?
mixiは雑談ツールであるという分析に大きな異論はないんだけど、ちょっと見逃している点があるので書いてみる。ちなみに自分も雑談苦手な人。
※ARTIFACT ―人工事実― : 雑談だけで会話を続けるのは難しい
kercの日記 - mixiが嫌になるようなメンタリティが非コミュと呼ばれるんじゃない?
コミュニケーションが不得意な人に多い勘違いとして、話には内容が伴わないといけないなんていう観念があるように思う。「なんてことない話」ができない人。「雑談ができない父」を持つとそんなふうになるとかどっかで読んだことがあるけど、逆にこういう人の「濃い話」は割とクソつまんなかったりするんだよなぁ。世間話してるのに正確さを追求して「ツッコミ」のつもりで「訂正」入れてきたり、当たり障り無いこと言うような場面で深い話をされたりして。ただ、場が議論モードになってる時はこの種の人は活躍するし、面白い意見を持ってるから聞いてるほうも飽きない。だけどこういう人はいわゆる付き合いやすい人ではない。とりとめもない話、雑談、無意味な非生産的な話ができなければ、普通の人にとってコミュニケーションの機会は激減するのは明白。人と絡む回数が減れば、人との付き合いは小さくなる。
音声による会話は時間のコストが低いため、雑談をしても、時間を損した気分にはあまりならない。しかし、mixiでのコミュニケーションは文章主体であり、文章を書くというのは会話よりも時間がかかり、コストが高いコミュニケーションといえる。チャットをすればわかるが、同じ時間内だったら、音声による会話のほうが情報量が多い。ということは時間の割に実りが少ないと感じることも多いということだ。もちろん、遠く離れた人とも交流できる、相手の時間を気にせずに交流できるなど、欠点を補う利点も多数あるが。
mixiは仲間内しか見てないなど敷居が低い部分があるため、書き込みしやすい。だからコメントがつくと次々にコメントがついたりしてチャット状態になったりする。しかし、実際にはmixiはチャットのようなリアルタイムの会話を目的としたシステムではない。もともとはお互いの時間を合わせずに済む様に非リアルタイムを意識したシステムだ。
やろうと思えばリアルタイムになるが、もともとそれを想定してないツールというのは、コミュニケーションツールとしてしばしば齟齬を起こしやすいと感じる。わかりやすいのが携帯メールで、携帯メールというのはいち早く返すという作法だと思っている人は女性を中心に多いが、PCメールと同じように捉えている人はすぐに返事をしなくていいと思ってしまう。こうした時間感覚の差が齟齬を生む訳だ。
※参考
男のモテはメールに尽きる──『メル返待ちの女』書評-モテゼミ
![]() |
メル返待ちの女―最近、彼からのメールの返事がめっきり減ったあなたへ。 織田 隼人 主婦の友社 2005-03 by G-Tools |
こうしたコストの高いコミュニケーションにおいて、雑談をし続けるのは、時間の無駄と感じる人も多い。その上、mixiでマイミクの人数ごとに同じようなコミュニケーションが求められたら、ますます嫌になるだろう。
雑談が楽しいというのは、仲が良い人とするから感じるのであって、それほど親しくない間柄では儀礼になってしまう。儀礼というのは年賀状のようにたまにあるからやれるものであって、mixiでの雑談は年賀状を毎日書いているようなものだ。または毎日社交パーティーが開催されているとか。それが嫌になる人が多くても不思議はない。
儀礼度が高い割に「mixiの自分の日記にコメントした回数」を仲良し度のように思いがちな人が多いのも見逃せない。「なんで足跡があるのにコメントしてくれないの!」 これは「年賀状のやりとりをした回数」を仲良し度だと思うようなものだ。これも息苦しさを感じる原因だろう。
ところで、こういう話を見かけるたびに、記事を書いた人のマイミク人数が気になる。たとえば10人程度だと大変濃密な関係になりそうな感じだけど、50人ぐらいだと、濃い関係や薄い関係がいろいろ混じりそう。これが100人越えるともうどうしようもなさそう。自分の場合、もう300人近くなってしまってどうしようもない状態。
元記事を読み直したら、コメント欄でmixiに「広く浅いコミュニケーション」を求めるのか、「狭くて深いコミュニケーション」を求めるかの違いだという指摘があったけど、その両方を求めようとするから困るのだろう。
マイミクの人数が増えると「広く浅いコミュニケーション」をするための社交ツールの面が強くなるので、いざ狭くて深いコミュニケーションが取れなくなるということか。社交ツールになってしまった人は狭くて深いコミュニケーションを取れる別の場所を作るしかないとは思う。
mixi疲れた話は定番だけど、今回の話題の流れをメモ。
カツ紅 - そしてボクはmixiに絶望した
きっかけとなった記事。
ish☆走れ雑学女ブログ : mixi疲れと友達の友達
カツ紅で引用されていた記事。
TrackBackから気になった記事をピックアップ。
WEBネタ!: mixi(ミクシィ)の問題点-画一的なマイミク関係
北の大地から送る物欲日記 - SNSとブログにみる雰囲気の違い
らびあんろーず - 今日の出来事。 - mixi、ちょっとだけ再考。
ここではないどこかへ SOMEWHERE BUT HERE - mixi考
愛WiKi+ -mixi
※関連
ARTIFACT@ハテナ系 - ブログやmixiでよく見かける「毛づくろい的コミュニケーション」
ARTIFACT@ハテナ系 - 「毛づくろい的コミュニケーション」反応メモ
これを読み直していたら、自分はテキストコミュニケーションを「コストが低い」と書いていた。これは、初対面での敷居の低さなどに注目して「コストが低い」と思っていた。今回の場合、特定の相手と継続して行うコミュニケーションとして見た場合、テキストコミュニケーションは「コストが高い」と考えている。
Link http://artifact-jp.com/2006/10/11/highcostchat/




















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