事件の関係者がWebで事件に触れる時
♪Melody♪:天国へのBlog
Sankei Web : 不明の2大学生を遺体で発見 静岡、高波にのまれる
この亡くなった大学生の関係者が、彼らを知っている人にコメントを残して欲しいという記事を公開したら、関係者でないと思われる人が、彼らの不注意を反省する必要はないのかというコメントがあり、波紋を呼んでました。
台風のたびに海岸に近付いて亡くなる人がいて、そういうニュースを見かけるたびに、なんで危ない所に近付くなんて不用意なことをするんだろうとは思いますが、亡くなった人たちの関係者に対して、そんな思いを直接届ける必要は感じません。自分が直接関係していない事件に対して、そのような行為をするというのは、相手を思いやってではなく、自分の感じた不快さを相手を批判することによって解消したいからだと思っているからです。
Webの普及によって、当事者に対して、意見を伝えることが簡単になり、そのような欲求は簡単に満たせるようになりました。しかも、メールなら当事者しか読めませんが、掲示板やWeblogのようにコメントを残せるようなシステムなら、第三者も読めるようになり、意見を書いた側の欲求は大いに満たされます。
事件のマスメディアの報道に対して、事件の関係者が異議を唱えたい時、反対意見もくるとはいえ、その異議を世に広めるツールとして、Webを利用するメリットは大いにあります。
ただ、事件の関係者が他者への心情的共感を求める場所としてWebを利用した場合、上で触れたような欲求の解消の場所として使われる可能性が高く、関係者自身が不快になることが多いというのを感じる例でした。


















あの、あまり本筋でない話で申し訳ないんですが、このタイトルって「事件の関係者がWeb『に』触れる時」でしょうか。元々は「Webで○○に触れる時」ってお書きになりたかったのかもしれませんが。
タイトルをつける時にちょっと悩んだのですが、やはり変に感じられましたか。直しておきます。
広い意味で関係者です。
県外では報道されていませんが,
この事件での本学学長の記者会見がオトナから怒りを呼んでいます。
理由は三点です。
(1) 消防関係者に謝意を示さなかった。
(2) 学生側の不注意について遺憾の意を表明しなかった。
(3) 「前途ある若者二人の命が失われる惨事」と,自然災害扱いした。
バッシングはイラク人質事件や家族会と似ています。