通信環境によるWebサイト制作スタイルの変化
ふと思って、自分のWeb日記で他のサイトによく言及するようになったのはいつなのか調べてみたんですが、1997~1998年は今と違って、全然してません。してない訳ではないけど、初期は月に1、2回で、後に週に1、2回というレベル。1999年からサイトを休止して、MLを運用していたのですが、最初は自分の書きたいことを書いていたんですけど、サイト紹介ネタもどんどん増えていきます。
1997~1998年の頃は、ネットの中の情報量が少なかったということもあるんでしょうが、通信環境の問題という点で見てみると面白いものがある気がしてきました。
1997年の時点で、料金固定のプロバイダーも多いものの、テレホーダイタイム(PM11:00~AM8:00)以外では電話料金がかかるという問題があり、Webを見るというのは、ある程度のコストがかかる行為でした。
また、Webを見るだけでなく、Webを作ってアップロードするのも通信料金がかかります。アップロードするのに、テレホーダイタイムに更新するサイトも多かったでしょう。 この時期、自分の日記で言及していた他サイトは、絵描きの人が多かったんですが、Webで意識的に情報発信をする人はすでに何らかの表現行為をしている人が多かったのでしょう。
あるサイトにリンクしてコメントをするというのは、読む側にリンク先を見てもらうことが前提であり、読む側にリンク先が時間とお金を割いてもらうほどの価値があると思ってもらえるようでないとリンクがしにくかったという感覚がありました。
はてなダイアリー - 海本曰記 : ネット環境がウェブのあり方を決める この辺の話は、こちらで海本さんも書かれています。
電話料金も固定になったのが、自分の場合、IP接続サービス(その後フレッツISDNに改名)を利用し始めた2000年5月。IP接続は1999年11月に東京と大阪で試験サービスが始まり、2000年7月に本サービスになってます。
この辺りから、テレホーダイに限らず、ネットに繋げることへの敷居が低くなり、Webを見るコストが下がります。とはいえ、ISDNでも「電話を繋げる」という行為があり、思い立ったらすぐネットを使うところにはいきませんでした。
自分は2000年12月に東京めたりっくのADSLに入って、完全な常時接続環境になりましたが、2001年にはADSLがかなり普及します。これによって、タイムラグなしにネットができるようになりました。
こうして、Webを見ることも、Webを作って公開することもかなりコストが低くなりました。
他のサイトに言及して意見交換するという行為は、昔からありますが、通信環境の発展によって、リンクした先を見ることが読む側にとって気軽な行為になり、サイト間での意見交換が一般的な行為になってきたんではないかと。
この流れで、Web制作の方法として、ローカルでHTMLファイルを作って、FTPでアップするという以外に、Webで更新するシステムが使われるようになってきたというのもあります。
日本の日記ツールの生まれを見ると、hnsの登場が1998年12月です。hnsを使う層は、会社で専用線が使える技術者の人が多いため、Webで更新するシステムに抵抗がなかったのではないかと推測。
追記:初期は、ac.jpアカウントの人が多かったそうです。
tDiaryが2001年4月ということですが、ちょうど、この時期ADSLの普及があるので、その流れにうまくのったんですかね。
で、この観点で考えた時、アメリカの場合、まだまだダイアルアップサービスの人が多いという話なのに、Webで更新するシステムに抵抗がなかったのか?というのが気になるところ。市内電話料金は固定だから気にしない? 都市部は常時接続環境が普及しているとか?
参考:RBB TODAY (ブロードバンド情報サイト) -:アメリカのブロードバンド事情



















メリケンは市内電話固定ってのはよく聞きますねえ
おかげで常時接続でオン書きするのでオフ書きの文化が無いとか。
おかげでWWIVでオフ書きしようとしても送信テキスを取りこぼすとか。
たぶんあっちのほうが早くから常時接続な世界なんじゃないかなあと思います。
嘘かほんとか知らないけど、日本のプロバイダが従量課金ばっかだった頃に「あっちは定額なんだよ!」と聞いたこともあるような気が。
アメリカの人のネットの使い方ってどうなんでしょうねえ。いくら市内電話固定とはいえ、電話をずーっと繋げていたら、電話をかけられない/かからないから不便だし。
hnsでWebブラウザから更新するのは、あくまでもおまけで。
基本はテキストファイルに書いて所定のディレクトリにftpでアップロードすることだと思う。
まぁ「はう~ん」とかをよく知らないので、個人的な予想ですが。
インターネットがまだまだアングラ的存在だった頃には、
大学や会社では、ftpでアップロードするどころか、コン
テンツは自分のホームディレクトリのしかるべき位置に
置いておくだけでした。
絵なんて、公開URLの位置で直接描いたりしたんじゃな
いでしょうか。
設定にミスると、自分のファイル全てがWeb空間に晒さ
れていました。
いまでも自宅サーバでCGIを使って日記を公開している
人は、住んでいるマシンと公開しているマシンが物理的、
論理的に同じケースが多いと思います。
日記書きの基本は、しかるべきフォーマットで書いてし
かるべき位置にセーブしておくだけでしょう。実際には
エディタが日記書きモードを持っていますから、エディタ
に「日記を書く」と指示するだけかな。アクセスがある
とCGIプログラムが原稿をチェックして成形して送り返す
と。
Webブラウザのtextarea経由でアップロードするのは
変態行為の一種と看做す人が多いですよ、古くからの
ユーザには。
http://www.h14m.org/official_diary/?199812a&to=199812011#199812011
を見ると、hnsは1998年12月1日に1.02がリリースされています。
その時既にweb2nikkiのテスト実装がされているから、Webからの更新も「新機能」として使われていた感じです。
sourceforgeのCVSツリーの記録は「Sat Mar 6 08:29:09 1999 UTC」という感じですから、より古いほうの1998年12月が登場だと言えるでしょう。
オン書きオフ書きって久々に聞いた言葉だったり。パソコン通信が盛んなころ、メリケンさんたちは料金は市内料金固定でも接続法法自体はダイヤルアップだったような。でも時間による課金を気にしなくてもいいからそのままつないだ状態でBBSに書き込みしていた、と。で、いまだにその延長なのかも知れませんよね。わざわざ別料金払って常時接続でなくても十分、と言うことかも知れません。
ひょっとして向こうでは電話で話すということの延長上にオン書き文化があるのでは?
アメリカで研究留学してる者なんですが,自分が田舎町というせいもあってか,
ADSL,ケーブル共に全然普及してないです。しかも遅くて高い。
ダイヤルアップは市内無制限なので,まあ良いのですが,実は
無制限じゃなくて,前に100MBくらいつなげっぱなしで落としたら
プロバイダからメールで「無制限というのは制限がないことを意味する
ものではない。だいたい1日5時間,数十MBが限度だ」とかいう
「それ制限ありじゃん」という注意メールが来ました。
ADSLでも通信容量で課金されることもあるみたいです。
大学院で周りにアメリカ人がほとんどいないのと(学部は知らないです),
日本人以外はみんな自宅にパソコンを持つお金もなくて,その分故郷に
仕送りしているような学生ばかりなので,weblogなんて全く別世界です。
現地の貴重な報告どうもありがとうございます。
地名がわかるとより具体的なイメージが湧きそうなので、可能ならば教えてもらえませんか?
アメリカのサイトを見ていると、ゲームのデモで100MBなんて平気でありますけど、あれは地域格差は考慮してないんですねえ。
アメリカでWeblogがブームといっても、通信環境が整備された都市部だけなのかも。